はじめに

「義父の介護に尽くしたのに遺産をもらえない……」

開業医の家庭に関わらず、今でも高齢の義両親の介護や看病(療養看護)は「長男の嫁」が担う風潮があります。

ところが長男の嫁は法定相続人にならないため、基本的には遺産相続することができません。

懸命に介護に尽くしてきた長男の嫁にとっては、かなり理不尽な仕打ちです。

しかし、2018年7月13日公布の改正相続法で義両親の介護に対して、法定相続人以外の金銭請求権(特別寄与料)が認められるようになりました。事例を交えて紹介したいと思います。

長男の嫁の金銭請求権(特別寄与料)が発生する事例

とあるクリニックの前院長のAさんは早くに妻を亡くし、その後長男夫婦と同居していました。

しかし3年前に長男にも先立たれてから元気がなくなり、急速に心身が弱り、病気になって数年後に死亡しました。

遺産として、長男夫婦と同居していた自宅のほかに、プライベートバンクに相当額の資産がありました。

Aさんの長男の妻であるB子さんは義父であるAさんの生前、日常生活の世話をしていました。

夫の死亡後も婚家に残り、Aさんの療養看護などに携わり、Aさんが亡くなるまでその介護に尽くしていました。

Aさんには、長男のほかに次男と長女がいましたが、いずれも遠方に住んでいて実家にも正月などで年に1,2回訪れる程度です。もちろんAさんの介護はまったく行っておらず、B子さん任せの状態。

なお、Aさんは生前遺言書を遺すようなことをしていません。

基本的にB子さんには相続は発生しない

開業医だったAさんはかなり高収入でしたが、浪費癖などもありませんでした。しかも生前に口座開設したプライベートバンクの運用が堅調で、年8~15%の利回りを得ていました。

これだけで、Aさんの相続財産は億単位であることが容易に推測されます。

上記の事例の場合、法定相続人はAさんの介護をまったくしなかった次男と長女の2人です。

Aさんは特に遺言を遺していなかったため、億単位の資産を1/2ずつ山分けすることができます。

一方、一生懸命介護をしていたB子さんは法定相続人ではないため、相続財産を取得することができません。

しかも厄介なのは、Aさんの長男、つまりB子さんの夫がすでに死亡していることです。

Aさんの長男が健在であれば、B子さんの介護について長男の寄与分として考慮されていたでしょう。

しかし、すでに長男は死亡している状態では、B子さんは何も受け取りようがないのです。

せめてAさんがB子さんに財産を遺贈する旨の遺言書を遺していれば良かったのですが……。

相続法改正で、B子さんは特別寄与料を請求できるように

このままではB子さんにとっては理不尽としか言いようがありません。

そこで改正相続法では不公平感を解消し、妥当な解決を図るために、法定相続人以外の者の特別寄与が認められることになりました。

該当する改正相続法を原文そのまま掲載します。

被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした被相続人の親族(相続人、相続の放棄をした者及び第八百九十一条の規定に該当し又は廃除によってその相続権を失った者を除く。以下この条において「特別寄与者」という。)は、相続の開始後、相続人に対し、特別寄与者の寄与に応じた額の金銭(以下この条において「特別寄与料」という。)の支払を請求することができる。

ここで「被相続人の親族」というのは、6親等内の血族、配偶者および3親等内の姻族です。

B子さんの場合は、Aさんの1親等姻族に該当します。しかもAさんの長男である夫が死亡しても姻族関係終了の意思表示をしていないので、Aさんとの姻族関係は継続しています。

つまり、B子さんは「被相続人の親族」という条件にあてはまります。

なお、被相続人の親族にあてはまらない人は、特別寄与料を請求することができません。

また、特別寄与の定義は『被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした』ということです。

この解釈で注意しないといけないのは、

  1. 直系血族および兄弟姉妹は、互いに扶養する義務があること(877条)
  2. 直系血族および同居の親族は、互いに扶(たす)け合わなければならないこと(730条)

ということです。

したがって、特別寄与は、通常の親族間の扶養の範囲を超えた特別なものと認められるようなものでなければなりません。

例えば、B子さんが仕事をしていて、Aさんの介護のために離職してその介護に当たるというケースです。

このようにB子さんが特別な犠牲を払ってAさんの療養看護に努めた場合などは、特別寄与が認められやすいでしょう。

また、病弱なAさんの日常生活を援助するためにB子さん自らが介護士や家政婦さんを雇ったりした場合なども認められやすくなります。

ただし、B子さんがすでにAさんから生前に相当の対価を受け取っている場合は、特別寄与料の請求はできません。

特別寄与料の支払いを拒否された場合

前項の規定による特別寄与料の支払について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、特別寄与者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知った時から六箇月を経過したとき、又は相続開始の時から一年を経過したときは、この限りでない。

上の改正相続法1050条2項を解説します。

B子さんは、Aさんが死亡後、次男および長女に特別寄与料の支払いを請求し、遺産分割協議の中で協議することになります。

しかし次男と長女が協議を拒んだり、協議がまとまらないようなことは十分考えられます。

この場合、B子さんは、家庭裁判所に対して、協議に代わる処分を請求することができるということです。

家庭裁判所は、寄与の具体的内容や相続財産の状態などを考慮して、遺産の価額から遺贈の価額を控除した残額内で特別寄与料の金額を算出します。

被相続人の療養看護に努める親族が、被相続人の遺産相続で正当に報われるためには特別寄与の具体的内容を示す証拠が必要です。

療養看護のために「何にいくら費やしたか」という記録は用意しておく必要があるでしょう。

特別寄与料の相続税額上の注意点

なお、特別寄与料については、法定相続人以外への遺贈ということになるので、相続税額上注意が必要です。

まず、相続税額の2割加算が適用されます。

例えば、B子さんが特別寄与料によって発生した相続税額が1,000万円だった場合。

B子さんは法定相続人以外ですから、2割に当たる200万円がさらに上乗せされ、計1,200万円の相続税額になるということです。

また、法定相続人であれば適用される未成年者控除、障害者控除などの税額控除については、法定相続人以外では適用されません。

このように、税制上不利となりやすいことを考えれば、相続法改正で完全に不公平感がなくなったとは言えないでしょう。

懸命に介護してくれる長男の嫁に相続財産を与える方法

このように特別寄与料の請求によって、長男の嫁に相続財産を分け与えることができるようになりました。

しかし先に特別寄与に該当するには条件があり、それを満たさなければ結局長男の嫁に財産が行き渡らないことも考えられます。

なかには「懸命に介護してくれる長男の嫁にも財産を与えたい」と考える開業医の先生も多いでしょう。

そこで上記にお伝えした方法以外で、より確実に長男の嫁に遺産を遺すためにはどうすれば良いかをお伝えします。

ただし、次に話すような内容で長男の嫁が財産を受け取れるようであれば、もちろん特別寄与料の請求はできません。

遺言書を作成する

この記事で紹介した事例では、Aさんは遺言を遺していませんでした。遺言を遺さなければ、基本的には法定相続人に遺産分割されて終了です。

長男の嫁に財産を与えたいのであれば、法律に則った形で遺言書を作成し、「B子さんに◯◯の資産を遺贈する」と具体的に明記しましょう。

ただし、法定相続人による遺留分減殺請求が可能なので、揉め事が起こらないように注意は必要でしょう。

遺言書に関する詳しい記事は、こちらをご覧ください。

【関連記事】【開業医の遺産相続】遺言書の活用、こんなときどうする?

生前贈与する

もうひとつ一般的な相続対策が生前贈与です。生前贈与した財産は遺産分割の対象にはなりません。

生前贈与の場合、かかる税金は相続税ではなく贈与税です。贈与税といえば、基礎控除額と同額の110万円を毎年贈与して贈与税を無税とする方法が一般的で、長男の嫁にも適用できます。

しかし開業医の家系など財産が多い場合は、もちろんこのような贈与方法では間に合わないことが想定されます。

2,500万円まで非課税にできる相続時精算課税制度は直系血族でない長男の嫁には適用されません。

このように、贈与税においても長男の嫁の場合は税金面で不利になることがあります。

養子縁組で法定相続人に

長男の嫁を養子縁組にすることで、法定相続人になってもらう方法です。

養子縁組には普通養子縁組と子供の福祉を目的とした特別養子縁組がありますが、相続対策として用いられるのは通常前者になります。

この記事の事例では、長男が先に死亡していますが、その場合でも長男の嫁はAさんの子供と同じだけの遺産を受け取れます。

ただし遺産分割協議で他の法定相続人が反発して協議が難航したり、調停事件に発展する可能性は高くなります。

生命保険の受取人

被相続人が加入している生命保険の受取人を長男の嫁にしておく方法です。

死亡保険金は遺産分割とは別の話になり、長男の嫁は死亡保険金に関しては遺産分割協議に参加する必要はありません。つまり死亡保険金を利用することで、効果的に遺産相続のトラブルを回避しやすくなります。

税制上は、みなし相続財産として相続税の課税対象になります。

【まとめ】相続法は改正されたが、それなりの対策が必要

療養看護に尽くしていた長男の嫁の相続の話をしました。

相続税の改正により特別寄与料を請求できるようにはなりましたが、他の相続人が拒否したり、家庭裁判所まで持ち込むケースが想定されます。

もし療養看護に尽くす長男の嫁にも財産を分け与えたいと思うのであれば、遺言書を作成するなど事前の対策をおすすめします。

遺産分割で他の相続人と揉めることなく、さらに相続税や贈与税を節税できるように専門家に相談するのも良いでしょう。

ご相談・お問い合わせ

お問い合わせはこちらから

この記事の執筆・監修はこの人!
プロフィール
笠浪 真

税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

                       

こちらの記事を読んだあなたへのオススメ