開業医の先生にとって、スタッフさんとの関係は大きな悩みごとの1つです。

採用してみたものの、実は自分のクリニックには合わない、業務についていけないスタッフもいます。

特に悩むのが、仕事ができないだけでなく、トラブルの元となる行動を繰り返す問題スタッフです。

患者さんや他のスタッフとのトラブルを繰り返すスタッフには、退職を勧める必要もあるでしょう。

これが、「退職勧奨」です。

一方的に労働契約を解除する「解雇」は労働契約法上難しいですが、本人の同意が前提となる「退職勧奨」なら検討の余地があります。

しかし、この退職勧奨も慎重に行う必要があります。

「解雇」よりトラブルのリスクは低いとはいえ、退職勧奨の方法を間違えるとトラブルが大きくなります。

「どうしても辞めてほしい」スタッフがいる先生は、本記事をご覧ください。

よくある退職勧奨の失敗例

ここで、よくある退職勧奨の失敗例についてお伝えします。

とある、それなりに患者さんも多く来ていて、流行っているクリニックの話です。

そのクリニックでは、看護師が常勤2名、非常勤が2名の4名体制で働いていました。

しかし、常勤看護師のうちの1人が勤務態度に、かなり問題のある人でした。

採血や書類整理など、仕事はとても早くて正確なのですが、性格がかなりネガティブ。

患者さんの悪口、院長に対する愚痴、他の部署に対する不満……、このようなネガティブな話を延々とするのです。

これでは一緒に働いては嫌になります。ついに、もう1人の常勤の看護師は、嫌気がさして辞めてしまいました。

代わりに採用した看護師も、その看護師のネガティブ話にプチうつ状態になってすぐに退職。

それにも関わらず、問題のある常勤の看護師はずっと居残り、むしろ古参となって幅をきかせてしまいます。

その看護師の悪口や愚痴は、本当かどうかはわかりません。単なる被害妄想や思い込みの可能性も高いです。

あることないことを言いふらすため、クリニック全体に疑心暗鬼が蔓延し、暗い雰囲気になってしまいました。

この間、院長先生が問題を放置していたかと言えば、そうではありません。

定期的に、この問題看護師と面談し、悩みや問題点を話し合うようなことをしてきましたが、一向に改善しないまま、時間ばかりが過ぎていきます。

「もう我慢できない」

そう考えた先生は、その看護師に退職勧奨を行うことにしました。

この看護師の勤務態度で、これまで何人かの退職を招いたことを考えれば、当然の選択と言えます。

むしろ、退職勧奨を行うのが遅かったくらいではないでしょうか。

しかし、この先生、この退職勧奨のやり方に問題がありました。

看護師の問題点を糾弾し「もうこれ以上耐えられない。これ以上一緒に働くことはできないから辞めてくれ」とストレートに言ってしまったのです。

今まで何回か院長先生と話し合いの場を設けていたとはいえ、いきなりこんなことを言われたらびっくりするでしょう。

本人はショックを受けて泣き出してしまい、他のスタッフにいかにひどいことをされたかを言いふらします。

看護師が得意とする悪口や不満ですが、泣きながら話すわけですから、他のスタッフもびっくりします。

看護師は、すでに、このクリニックでは幅を利かせていましたから、院長vsスタッフといった図式ができてしまいました。

さらに、その看護師に同情した他のスタッフが、労働組合に駆け込み、大変なトラブルに発展してしまいました。

結果的に、そのクリニックは、問題ある看護師を含め、1人を除いてみんな退職してしまいました。

半ばクーデターのような形で大量離職したクリニックは、一気に人材不足に陥り、さらにクリニック内の雰囲気も悪いまま。

このような状態ですから、クリニックの評判も落ちてしまい、新たなスタッフを採用することも苦戦しています。

成功する退職勧奨5つのコツ


先のクリニックの先生は、1人の看護師への退職勧奨の失敗が大きなトラブルに発展し、大量離職を招いてしまいました。

この看護師にどれだけ同情の余地があるか疑問ですが、いきなり「辞めてくれ」と言われれば、誰でもショックを受けます。

しかも、理由が「一緒にやっていけない」「もう耐えられない」「おまえはどうしようもない」というわけです。

このような人格否定と受け取られるような発言は禁物です。

それでは、逆に成功する退職勧奨とはどのようなものでしょうか?

退職勧奨をうまくいくコツについて、お伝えしていきたいと思います。

うまくいく退職勧奨の話し方

うまくいく退職勧奨の話し方や言い方については、本人に問題点を自覚させることです。

先のクリニックの先生は、これがなかったのです。

退職勧奨する前から、話し合いの場は持っていたのですが、本人に問題点を自覚させるには至りませんでした。

何が問題で、それにより、クリニックにどんな影響があるのかを、客観的に整理して正しく伝える。

これは退職勧奨の前からやっておくことが必要になります。

こまめに言って、問題点を自覚させるのです。

「このままでは辞めさせられるかもしれない」という心の準備もさせておきます。

最初から、退職ありきで話をせず、何度も話し合いを持ち、本人に問題意識を持たせることです。

どうしても退職勧奨せざるを得なくなった場合でも、本人が問題点を自覚することで、トラブルに発展する可能性は低くなります。

伝え方の工夫も必要です。

退職勧奨する場合は、「がんばってくれたが」とか「早く仕事を処理してくれて助かっている」とか、前置きを入れるようにします。

先のクリニックの先生は、これもありませんでした。

いきなり、頭ごなしに「もうやってられない!」と言ってしまったので、ショックを受けてしまったのです。

退職勧奨前に、全員と個人面談をする

果たして今クリニックで起きているトラブルは、問題スタッフだけの問題でしょうか?

他のスタッフにも共通することはないでしょうか?

特定のスタッフに退職勧奨前に行う前に、共通する問題点がないか、全員と個人面談をするのも一つの手です。

そうすることで、トラブルを引き起こしているスタッフの問題を、全員の問題として捉え、整理して改善要望を伝えるのです。

そうすることで、個人を特定して攻撃していると捉えられることは少なくなります。

本人の性格や人間性について、触れなくても良くなるからです。

それで、しばらく様子を見ることにします。

問題のあるスタッフの対応は、クリニック全体の雰囲気に影響があるため、早めに解決したくなりますが、焦りは禁物です。

退職勧奨するスタッフの問題行為を記録しておく

いざ、問題のあるスタッフに退職勧奨する際は、口でいろいろ言うより、実際にメモして書いたものを見せたほうがいいしょう。

そのため、退職勧奨のもう1つの方法として、問題点や指導内容、改善内容について記録しておくことをおすすめします。

これはパソコンで日々打ち込んでいってもいいですし、ノートに書き留めていっても構いません。

一番早いのは、問題行動を起こしたときに始末書を取ることでしょう。

これは、懲戒処分に当たる「譴責」になります。ちなみに始末書を取らず、厳重注意で済ませるのは「戒告」です。

懲戒処分は、「戒告⇒譴責⇒減給⇒出勤停止⇒諭旨解雇⇒懲戒解雇」の順番に重くなります。

処分の対象となる行為を具体的に規定しておけば、始末書を取ることができます。

始末書は、退職勧奨の根拠として、かなり説得力があります。

懲戒処分は同じ理由で1回しか使えないことに注意

ここで注意したいことは、懲戒処分は同じ理由で1回しか使えないことです。

これは、日本国憲法第39条の二十厳罰の禁止に抵触するためです。

後述する円満退職事例のように、敢えて懲戒処分を出さないで、解雇の可能性を残しておくことも場合によっては必要です。

退職勧奨したいスタッフに、書面で業務改善要求

退職勧奨する前に、スタッフの問題行動を改善してもらう、もうひとつの手があります。

それが、書面で業務改善要求をすることです。

これも、やはり口で言うよりは説得力があります。

特に、ここ数ヶ月間で問題の改善が見られないことに対してリスト化するのです。

口で言われるよりは、このように書面で具体的に提示した方が問題点を自覚できるのは明確です。

退職勧奨したいスタッフほど、感情的に怒りたくなりますが、そこを堪えて理詰めで業務改善要求していきましょう。

最大の問題点は、医院・クリニックの仕事や人間関係が合わないことかも…

他の会社組織と同様、医院・クリニックでも、人によって合う人や合わない人がいます。

問題行動を起こすスタッフは、なぜ問題を起こすのでしょうか?トラブルを招くのでしょうか?

おそらく医院で働いていて、どこか不幸な気持ちになっていたからだと思います。

つまり、そもそも、先生の医院の仕事や人間関係が合わなかった可能性が高いのです。

相性は人それぞれです。

人によって合う、合わないがあるのは当然のことです。

そういう場合は、辞めて、他の医院・クリニックで働いてもらうほうが、お互いにとって幸せな選択になります。

退職勧奨する際、伝えておくべきことは、まさにこのことです。

問題スタッフだけに、否定したくなる気持ちもわかります。

しかし、伝えなければいけないのは、「他にあなたに合う職場があるかもしれない」ということです。

間違っても、「おまえはどこに行ってもだめだ!」なんてことを言ってはいけません。

あくまでも、問題スタッフの仕事や能力を認めたうえで、話し合いを進めたほうがトラブルはなくなります。

退職勧奨による円満退職事例

ここで、退職勧奨による円満に退職した事例を紹介します。

いじめやハラスメントを行うスタッフの事例

とあるクリニックでは、院長先生以外のスタッフが4人いましたが、そのなかにベテランのスタッフAさんと、育児を理由に短時間勤務をしているBさんがいました。

Aさんは、Bさんの短時間勤務が面白くありません。

そこで「子供がいるだけで特別待遇を受けて」と、ネチネチと嫌味を言うなどの嫌がらせをしていました。

なお、これはマタハラに該当する問題行為です(上司・同僚からの育児・介護休業等に関する言動により育児・介護休業者等の就業環境を害すること)。

にも関わらず、他のスタッフCさんとDさんもAさんに迎合し、Bさんは短時間勤務を発端として、徐々に孤立するように。

Bさん以外の3名は一見すると仲良くしているように見えました。

しかし、実態はCさんもDさんも「自分もいじめられる側になりたくない」という理由で、仕方なくAさんの味方になっていたのです。

実際にCさんとDさんは、Aさんに対して不満を募らせていたようでした。

Aさんは患者さんに対して横暴な態度を示したり、Dさん以外のスタッフに対しても、ハラスメントに該当しそうなあり得ない言動が目立ったりしていたのです。

CさんとDさんはやがて反旗を翻すようになったため、Aさんの様々な問題行為が顕在化しました。

しかし,Aさんのようにいじめやハラスメント、患者さんに対する不誠実な対応を理由に解雇するのは難しいものがあります。

そこで、まず院長先生は社労士を通じて「Aさんは問題行為を繰り返している」と伝えたのですが、Aさんは認めようとしません。

改善の余地が見られないため、院長先生はAさんに自宅待機を命じました。

この自宅待機は、給料を減給するのではなく、全額支給するものでした。

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なぜかというと、減給することで懲戒処分に該当するためで、二度と同じ理由で懲戒処分ができなくなることを防ぐためです。

解雇の可能性を残しつつ退職勧奨するため、苦肉の策として,敢えて自宅待機中は給料を全額支給とし、懲戒処分を回避したのです。

実質的には、Aさんに対する措置として次の3つの選択肢が残りました。

  1. Aさんが十分反省したうえで職場復帰させる
  2. 度重なる指導にも関わらず改善が見込めなければ普通解雇する
  3. Aさんが自主退職する

結果として、Aさんは自宅待機の半月後に自主的に退職を申し出ましたが、選択肢を多く残し、柔軟な対応を可能にした例と言えるでしょう。

勤務態度不良のスタッフの事例

あるクリニックの院長先生から、「勤務態度不良のスタッフEさんに円満退職してもらうにはどうしたら良いか?」という相談をいただきました。

Eさんは、勤務時間中もスマートフォンをいじったり、患者さんの前で他のスタッフとおしゃべりをしたりしているようなスタッフでした。

院長先生の目の届く範囲では仕事をしているのですが、院長先生がいないところでは、気を抜いて怠けていました。

しかし、院長先生はすでに見抜いており、しかも遅刻を繰り返すので問題視していました。

Eさんは、要領が良く、仕事が早いところがあるのですが、そのため、手持ち無沙汰になると怠けるところがあったのです。

自分で仕事を見つけたり、他のスタッフの協力をしたりすることもなく、勤務時間終了までダラダラしていました。

Eさんは優秀なスタッフだったので、院長先生は面談で「仕事が早くて助かる」など、まずEさんのこれまでの業務を労いました。

そのうえで、「あなたはできる人だ。もっと違う場所で働けば、能力が発揮できるのではないか」と提案したのです。

その後Eさんは自分に合った転職先を見つけ、院長先生に対して怨恨を持つどころか、むしろ喜んで円満退職しました。

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院長先生は、Eさんに対して、これまでの業務について褒め、さらにEさんに対して幸せな選択ができるような提案をしたのです。

「いい加減辞めてくれ」など、一言も傷つけるような言い方をしない理想的な退職勧奨です。

怨恨退職したスタッフは「どうにかして仕返ししてやろう」と、何かトラブルを起こそうと考えがちです。

しかし、労働基準法を遵守したうえでEさんのように気持ちよく退職してもらえれば、トラブルを招くリスクはほとんどないでしょう。

問題スタッフに対しても仕事ぶりや努力を認めた上で話し合いを進めると、円満退職に繋げることができます。

まとめ

今回は、医院・クリニックの問題スタッフの退職勧奨についてお話しました。

(1)問題点を糾弾し、ストレートに「辞めてくれ」と伝えるのはNG。トラブルのもとになる。

(2)うまくいく退職勧奨のコツとしては、

  1. 問題スタッフに問題点を自覚させる
  2. 全員に共通する問題点について、全員と個別面談する
  3. 問題行為を記録したり、書面で業務改善要求。口で言ってわからなければ書面で。
  4. 退職勧奨する際は、「他の医院・クリニックの方が合っているかも」という旨を伝えるようにする
  5. 決して人格否定するような言い方をしてはならない
  6. 懲戒処分は同じ理由で1回しか出すことができない

退職勧奨したいスタッフは、つい憎悪の気持ちから感情的に怒ったりしたくなります。

しかし、感情をぶつけ合ったところで、医院内の雰囲気は、さらにドロドロするだけです。

そして、職場のケンカは先に感情的に怒ったほうが負けます。

なるべく、理詰めでスタッフに業務改善要求し、それでもだめだったら退職勧奨するようにしましょう。

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この記事の執筆・監修はこの人!
プロフィール
亀井 隆弘

社労士法人テラス代表 社会保険労務士

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

                       

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