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はじめに

大学病院の勤務医ほどの頻度ではありませんが、医院・クリニックの開業医の先生や看護師が出張する機会があります。

治療技術を高めるために、国内外の学会等に参加する機会は開業してからも出てくるでしょう。看護師も勉強会等で出張することがあります。

また、医師と看護師、スタッフが一緒に出張し、コミュニケーションやチームビルディング等の研修に参加することも考えられます。

このような自己啓発的な位置付けで出張するクリニックの医師や看護師は多いでしょう。

そこで今回は、学会や研修会等で出張した場合の残業や移動時間についてお伝えしたいと思います。

そもそも学会や研修参加は労働時間に含むのか?

そもそも開業医の先生の学会参加、看護師やスタッフの勉強会やセミナー参加は労働時間に含むのでしょうか?

特に最近は学会や研修会だけでなく、3日間くらいかけてコミュニケーションやコーチングスキルを学ぶ研修に参加するケースも増えています。

また、医院経営やマーケティングに関する研修も増えてきています。経営やマーケティングの重要性は医療機関でも高まっています。特に美容クリニックや歯科医院の先生はピンと来ることも多いのではないでしょうか?

このような研修やセミナーの参加は、そもそも労働時間とするべきなのでしょうか?

これについては、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)で、以下のように記載されています。

そのため、次のアからウのような時間は、労働時間として扱わなければならないこと。
ただし、これら以外の時間についても、使用者の指揮命令下に置かれていると評価される時間については労働時間として取り扱うこと。

(中略)

ウ 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の
指示により業務に必要な学習等を行っていた時間

こちらを読み解くと、労働時間に該当するケースと、労働時間に該当しないケースについては、以下のように考えられます。

※その他、朝礼やオンコール待機中など、労働時間に含めるかどうか曖昧になりやすいケースについては、以下の記事をご覧ください。

【関連記事】【クリニックの労務管理】朝礼や研修、オンコールは労働時間に含む?

労働時間に該当するケース

労働時間に該当するケースとしては、次のようなものになります。

  1. 院長の判断、指揮命令のもとスタッフに参加させる研修
  2. 院長の指揮命令下によるものでなくても、受講しないと医院・クリニックにとって不利益となる場合
  3. 必要な業務を行ううえで、受講が必須となる研修

つまり、法的な規制等で受講必須となる研修や、受講しないと業務に差し支える研修は当然ながら労働時間です。

このような必須の研修でも看護師に泣く泣く自腹かつ有休扱いで遠方まで出張させるケースもあるようですが、それは許されません。

また、院長先生が必要と判断し、参加を認めた研修、参加を推奨する研修についても労働時間に含まれます。

コーチングスキルなど能力開発に関する研修でも、医院内の利益向上が期待できるのであれば、その研修参加は労働時間に含めるべきです。

もちろん、受講料など研修にかかった費用は基本的にはクリニック側で負担する必要があります。

なかには受講料等がクリニックとスタッフで折半とするケースもありますが、その際はスタッフの参加意思を確認し、十分に説明しましょう。

労働時間に含まれないケース

一方で、当然どのような研修も労働時間となるわけではありません。

スタッフが自主的に参加し、しかも医院の利益に無関係な場合は、基本的には労働時間としなくて構いません。

当然受講料など研修にかかった費用は負担しなくて良いですし、有休扱いで構いません。具体的には、次のような研修です。

  1. 院長の指示、指揮命令下で参加するものではない研修
  2. 親子や夫婦関係など、プライベートな課題を解決するための研修
  3. 副業をしているスタッフが、副業スキル向上のために参加する研修

どれも「当たり前じゃないか!」と思われるかもしれません。しかし、研修によって意外と曖昧になりやすいのが(2)です。

成功哲学をベースとした研修等、「ビジネスでもプライベートでも成功する!」をゴールとしている場合が多いためです。

この場合は、あくまで「医院の利益に影響するかどうか」を基準に判断するようにしましょう。

出張の移動時間は労働時間に含むべきか?

ここまで、学会や勉強会・研修会の参加は労働時間に含めるべきということまでお伝えしました。

それでは、出張の移動時間についてはどうなるのでしょうか?

研修やセミナー参加に限らない話ですが、出張には当然遠方まで長時間かけて移動するケースもあります。

厚生労働省の「やさしい労務管理の手引き」では、次のようなことが記載されています。

労働時間とは、始業時刻から終業時刻までの時間から命令時間を除いた時間をいいます。この労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下にある時間をいい、必ずしも実際に作業に従事していることは要しません。したがって、会議が始まるまでの待機時間や途切れた資材の到着を待って作業の手を止めている場合など、実際には何もしていなくてもその場を離れることができない場合、これらの時間(一般に「手待時間」といいます。)は労働時間ということになります。
つまり、労働時間とは、始業開始から終業時刻までの、休憩時間を除いた就労している時間を指します。

この考え方に基づけば、基本的には移動時間は労働時間に含めないのが一般的です。

基準となる判例もあるので紹介します。

出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費す時間と同一性質であると考えられるから、右所要時間は労働時間に算入されず、したがってまた時間外労働の問題は起り得ないと解するのが相当である。

出張時の移動時間は労働拘束性が低く労働時間と考えることは困難であり、たとえそれが車中で自由な行動が一定程度制限されていたとしても、それは事業場内の休憩と同様のことであり、それをもって当該時間が労働時間という解釈は出来ない。

ただし、例外としては次のような例が挙げられます。

・移動時間中に取引先の担当者と打合せしたり、接待するようなケース
・新幹線など移動時間中にノートパソコンを立ち上げて仕事するケース

ただ、医院・クリニックの出張では上記のようなケースはあまり当てはまらないでしょう。

これは出張移動日が休日となるような場合でも、基本的な考え方は同じです。

出張中の休日はその日に旅行する等の場合であっても、旅行中における物品の監視等別段の指示がある場合の外は休日労働として取り扱わなくても差し支えない。

遠方の出張のために、明らかに所定労働時間外の早朝から移動したり、休日に移動して前泊することはたくさんあります。

しかし、このような場合に時間外手当や休日出勤手当てを支払わないのは、労働法の観点では合法です。

休日をまたいで出張する場合はどうなる?

それでは、休日をまたいで出張するような場合はどうでしょうか?

金曜日に出張先で業務もしくは研修、土曜日と日曜日は休日で、月曜日からまた出張先で業務といった場合です。

これについても、先に紹介した通達に記載されているとおり、休日労働として取り扱わなくて良いことになっています。

出張先であっても、終日業務に関与する必要がなく、個人の自由に使える日があれば、それは労働時間とされません。

実態としては出張先の休日は観光等で楽しむ方が大半でしょうから、当日の宿泊費だけ支給しておけば問題ないでしょう。

出張手当を支給する有効性

出張の移動時間や出張期間中の休日が労働時間にならないと言っても、出張者にとっては不利な話です。

「自由時間であり、労働時間ではない」と言われても、拘束はされているわけですから、出張者は釈然としないのが本音でしょう。

このスタッフの不満を解消するために有効なのが「出張手当」の支給と、その旨を就業規則などで定めておくことです。

これは、交通費や宿泊代など出張に必要な支出をクリニックで負担する出張経費以外の日当手当です。

労働基準法では、残業代を残業代という名目で支払わなければならないわけではありません。このようにグレーな部分については、日当手当という形で支払うのも有効です。

出張によって発生した移動時間や休日待機に見合う金額が、出張手当として支払われていれば、特にスタッフの不満もないでしょう。

また、出張経費と違って、出張手当は税金対策にも役立ちます。詳しいことは以下の記事をご覧ください。

【関連記事】海外出張が多い開業医必見!節税目的で旅費を経費とする際の注意点

出張中に発生した残業はどうする?

出張手当を支給するとはいえ、出張中に時間外勤務が発生すれば、原則として残業代を払わなければいけません。

しかし、出張ではタイムカードの打刻などで労働時間を把握することが困難になります。

その場合は「事業場外みなし労働時間制」を導入し、労使協定を締結した時間だけ労働したものとみなす制度を利用する方法があります。

つまり5時間しか働かない場合も、12時間も働いた場合も、8時間労働したとみなすのです。

しかし、次のようなケースは出張中の労働時間の把握が可能とするのが一般的で、「事業場外みなし労働時間制」は適用できません。

・出張先の事業所で業務に従事する場合、もしくは研修施設でセミナー等を受講する場合
・労務を監理する権限を有する上司と一緒に出張する場合
・出張のスケジュールが細かく決められている場合

この場合は、所定労働時間である8時間を超えた分については、割り増して賃金を計算する必要があります。

【まとめ】移動時間を含めた出張中の取扱いについて規定しておこう

医院・クリニックの先生やスタッフでも、学会や研修等で出張する機会があります。

その場合は、出張手当について就業規則などで事前に規定しておくことで労使間トラブルを未然に防ぐことができます。

しかし出張期間中の業務や研修で8時間を超えるような場合は、残業代を支払う必要があるので注意しましょう。

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この記事の執筆・監修はこの人!
プロフィール
亀井 隆弘

社労士法人テラス代表 社会保険労務士

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

                       

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