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はじめに
勤務医の平均年収は約1,500万円、開業医は約2,500万円と言われているように、開業医のほうが勤務医よりも稼げるイメージがあります。
ですから、勤務医でも将来はクリニックを開業しようという人がとても多いです。
しかし、必ずしもクリニックを開業すれば人生がバラ色というわけではありません。
会社員よりも起業家のほうが様々なリスクがあるように、開業医も様々なリスクがあります。
廃業、なかには自己破産に陥る開業医の先生も少なくありません。
ただ、診療科目によっては失敗する傾向は少し違ってくることがあります。
そこで、今回は医療機関数が多い内科のクリニックの失敗事例と対策について書いていきたいと思います。
内科医の失敗事例①:高級住宅街の駅前に開業したけれど…
開業を検討しているある内科の勤務医がいました。
その内科医の先生は、前から気になっていた開業コンサルタントに相談したところ、
「何と言っても物件選びが一番です。私にお任せください」
と言われ、背中を押された内科医はコンサル契約を結びました。
しかし、これが内科医に待ち受けている地獄の始まりでした。
提案されたのは、東京都内の、とある閑静な高級住宅街の駅前でした。たしかに単純に考えて良い場所ですが、いかにも高そうな物件。
内科医は心配になり開業コンサルタントに不安を打ち明けますが、
「物件で妥協したら患者さんが来ませんよ!私は物件選びに失敗して廃業に陥った先生を多く見てきました」
開業コンサルタントがあまりに自信満々に言うものですから、
「じゃあ信じてみるか」と、その場所を選んでしまいました。
HPを開設し、スタッフも雇用し、その内科医はなんとか開業することができました。
しかし、ここまでかかった開業資金は1億円近くに!
開業当初からローンの返済と人件費がキャッシュフローを大きく圧迫しました。
しかも駅前というわりには、なかなか患者が集まりません。
というのも、その場所は近くに内科のクリニックが他にいくつもあり、競合している場所だったのです。
その割には、その内科医は、他のクリニックとの違いを打ち出すことができなかったのです。
医院、クリニックのマーケティングにはひとつ特徴があります。
患者さんは近くに新しいクリニックができたとしても、なかなかいまの通院しているクリニックを変えようとしません。
ですから、他のクリニックにない独自の診療などの強みがない限り、新しい患者はなかなか来てくれないのです。
「正直苦しい、どうにかならないか」と開業コンサルタントに相談したところ、
「よし、広告をいっぱい出しましょう!」と言われます。
そこで内科医は厳しいキャッシュフローにも関わらず、さらに広告費をかけてしまいました。
そしたら、見事集患数が増えて何とか黒字経営を実現!とは残念ながらいきませんでした……。
広告費を増やしても、全然患者さんが集まらなかったのです。
むしろ、内科医はストレスから患者の対応やスタッフへの対応も雑になり、評判も良いものではありませんでした。
だから、ますます患者さんが離れてしまったのです。
キャッシュフローの赤字はどんどん膨らんでいき、その内科医は自己破産に追い詰められました。
このように、開業コンサルタントから「良い物件です!」と紹介されたものの、競合が多くて集患に苦労する。
そしてキャッシュフローを圧迫し、広告費をかけても回収できずに自己破産に陥る失敗例は多いです。
物件選びが重要!というコンサルタントは良いのですが、しっかりした資金計画のうえで開業しなければ、確実に失敗します。
内科医の失敗事例②:多額の開業資金、スタッフの退職の果てに…
もうひとつ、内科医の自己破産の例を紹介します。
ある勤務医を長く経験した内科医がいました。
他の開業医の先生と同様、キャリアアップと年収を増やしたいとの思いから開業を検討するようになります。
そこで、知り合いの医師から勧められた薬卸業者に相談したところ、
「無料で開業のお手伝いをします!」とありとあらゆることを手伝ってくれました。
その内科医は、安心しきって、その薬卸業者に丸投げしてしまいます。
しかし、これがすべての地獄の始まりでした。
開業場所、医療機器、看護師やスタッフ、HPと2年くらいかけて、見事に開業にこぎつけることができました。
開業した場所も、先の内科医と同様、駅前の一等地で、かなり集患には有利と思える場所です。
医療機器も薬卸業者の推薦で、最新のものを揃えました。
7,500万円の開業資金の多くは、銀行からの借り入れでした。
かなり高い開業資金で、しかもほとんどがローンでしたが、その内科医は自信満々でした。
しかし、蓋を空けてみれば集患人数は1日15人程度。
ちなみに、開業リスクに見合う収入を得られ、患者満足度もそこそこあり、無理のない1日の患者数は40人が目安と言われています。
そこから考えれば、集患人数は圧倒的に足りません。
しかも多額のローンの返済やスタッフの人件費でキャッシュフローを圧迫。
内科医は、勤務医時代の貯金を切り崩して開業したクリニックを維持する羽目になります。
当然焦りとイライラが募ってくる内科医は、看護師やスタッフに当たり散らします。
「せめて給料分の仕事してくれ!」
「対応が悪すぎる!これじゃ患者が来ない!」
しかも診療時間中、患者の目の前で怒鳴り散らすものですから、ますます患者は離れていきました。
もちろん、看護師やスタッフのストレスもピークに達し、気付いたら全員が退職。
そもそもオープニングスタッフというのは、長く働いてくれることが難しく、雇用が不安定になりがちです。
「あー、やばい」と思ったときには時すでに遅し。
その内科医は1年も経たずに資金がショートし、自己破産に追い込まれました。
この内科医が失敗した要因も、多額の開業資金。薬卸業者によって医療機器を指定されてしまい、高額の医療機器を揃えたのも一因でしょう。
そもそもその医療機器は、この内科医の診療圏ではとてもニーズがあるとは思えないものでした。
それに加えてスタッフに対して当たり散らし、クリニック内の雰囲気が険悪になったのがとどめになったのでしょう。
内科医の失敗事例③:スタッフが無愛想で清潔感のないクリニック
先の内科医の事例は、どちらかというと開業コンサルタントや薬卸業者の言いなりになり、多額の開業資金をかけてしまった場合です。
7,500万円とか、1億円とか、開業資金としては高すぎです。
一方で、開業時にあまりにお金をかけることを渋ってしまうのも考えものです。
首都圏で内科のクリニックを運営している開業医の先生は、開業3年目になります。
開業3年目というと、そろそろ黒字に転じて経営が安定してくることを期待したい時期です。
しかし、その内科医の先生の患者数は1日20人前後。
先にも言ったように、開業リスクに見合った1日の来院患者数の目安が40人というのを考えれば、その半分です。
それでも開業資金をかなり抑え、人件費や広告費も抑えているので、細々としながらも3年持っている感じでしょう。
まず、クリニックの場所がわかりづらい。駅前とはいかないものの、駅から歩いて数分と、決して立地条件は悪くありません。
それなのに見つけづらいのは、クリニックのあるビルに目立つような看板がないためです。
マッサージ店や不動産屋と同居したビルの中に入って、クリニックの名称と電話番号が書かれた小さな表札でようやく気づく感じです。
クリニックの中に入ると、待合室は古い雑誌が雑然と並んでおり、清潔感が全然ありません。
診察室は、診察デスクに背もたれのある椅子、患者さん用の黒い丸椅子がちょこんと置いてあり、昔ながらのたたずまいです。
待合室も診察室も、開業3年目とは思えないほどのくたびれ具合。
正直、患者さんには良い印象は与えるものではありません。
これは内科医の先生の方針で、開業時に極力お金をかけないようにしたためです。
内装はオフィス業者にパーティションのみ依頼し、机や椅子は中古で購入。
ビルに看板がないのも、コストカットのためです。
お金をかけないのなら、せめてスタッフと協力してクリニック内を掃除したりすれば良いのですが、その受付スタッフがびっくりするほどやる気がない。
患者さんに対する対応は無愛想そのもので、しかも受付中に爪を切り始めるのです。
もちろんクリニック内の掃除なんてやってくれません。
これでは既存患者を大事にしているとは思えず、口コミで評判が起きるとは思えません。
開業3年目になっても来院患者数が増えないのも無理ありません。
それでいて広告費も全然かけない。
チラシを作ってポスティングするようなこともしなければ、ホームページもなし。
Googleで検索してもこのクリニックは見つかりません。
そもそもクリニック内がこんな感じですから、広告費をかけても無駄な気はしますが…。
そして、この内科医の先生は、どの開業コンサルタントや同業の医師の耳を貸すようなことはしませんでした。
開業コンサルタントの言いなりになるのもだめですが、誰のアドバイスも聞かないのも問題です。
おそらくこの内科医は、開業すればなんとかなる、という思いがあったのではないかと思います。
しかし、なんとかなりませんでした。
近くに評判の良い医院が開業すると、ますます患者さんは離れていってしまい、このクリニックは静かに姿を消しました。
内科医の失敗事例④:クリニックモールを過信した例
これまでは自己所有の内科の開業医の失敗例でしたが、クリニックモールでも失敗事例があります。
とあるクリニックモールで開業した内科医。
クリニックモールは、認知度が早く上がりやすく、専門性の高いクリニックが複数の診療科目で集まるため、集患の相乗効果も期待できるためです。
このクリニックモールのメリットに魅せられた内科医は、かなり期待して開業しました。
しかし、この内科医は、半年経っても、1日に1~2人しか来院しない状況が続きます。これではとても経営が成り立ちません。
そのクリニックモールは大手の不動産業者が開発した物件で、開業時には地域でもそれなりの話題となったようです。
しかし、駅から遠い場所なのに駐車場も足りず、それでいてアクセスも良くなかったのです。
それでいて運営会社が不動産の管理だけをしていて、肝心の広告宣伝やクリニックモール全体の盛り上げには知恵を絞っていませんでした。
つまり、このクリニックモールに入っているクリニックの多くが集患に困るという事態が発生します。
また、喉の不調であれば内科でも耳鼻咽喉科でも診察が可能など、違う診療科目で患者の奪い合いのようなことも発生しました。
クリニックモールに過剰な期待を寄せていた内科医の思惑は見事に外れ、すぐに撤退していきました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。この4人の内科医の失敗事例から、開業に失敗する内科医の特徴が浮かんできます。
・開業コンサルタントや薬卸業者に頼りすぎている
・物件選びや医療機器に開業資金をかけすぎた
・開業資金が莫大だったのに集患がうまくいかない
・広告費をかければ良いと思っている
・クリニック内の雰囲気が悪く、スタッフが辞めていく
・清潔感のないクリニックになっている
・患者に対する対応が無愛想
このように、あまりに経費を削減するのも問題ですが、事業計画の詳細な検討なく莫大な開業資金をかけるのも大きな問題です。
開業すればなんとかなる、というのはもはや幻想です。
開業前にコンセプト、ビジネスモデル、事業計画を明確にすることが最重要です。
また、「物件選びが大事!」「集患には広告費!」としか言わない開業コンサルタントは危険です。
開業コンサルタントも事業計画からビジネスモデルまでしっかりサポートし、開業後も支援してくれる人を選ぶようにしていきましょう。
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- 笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢42人(R2年4月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。
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