医院・クリニックでもスタッフ採用は重要な課題の1つです。

しかし面接を行ったうえで一度内定通知した後、「やっぱり内定を出さなきゃよかった」「求める人材と違っているかも」と思ったことはないでしょうか?

本記事では、医師や看護師などのスタッフに採用の内定をしたら労働契約が成立するのか? 内定取り消しが可能なのかを解説します。

積極的なスタッフ採用、スタッフの補充を考えている先生は、ぜひ最後までご覧ください。

内定取り消しは基本的に認められるのか?

まず、最初に内定通知後の取り消しが認められるかどうかについて解説します。

内定者とのトラブルを避けるためにも、十分理解しておくようにしてください。

勝手な理由で内定取り消しは認められない

結論から先に述べると、「やっぱりこの人は採用することはやめておこう」と勝手に内定を取り消すことは許されません。

内定通知は原則として労働契約法上の労働契約が成立したとみなされるため、勝手な内定取り消しは解雇に相当するためです。

解雇の問題で基本的な条文となる労働契約法16条に抵触し、ほぼ確実に不当解雇とみなされるでしょう。

(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

つまり、自由にクリニック都合で内定を取り消すことは、明らかな違法に当たります。

採用トラブルは免れないでしょう。

正当な理由であれば内定取り消しは認められる

内定取り消しがすべて法律違反になるかと言われれば、それも違います。

内定とは、過去の判例から一般的には始期付解約権留保付労働契約とされています(大日本印刷事件 最高裁二小 昭54.7.20判決)。

始期付というのは、労働契約が始まる期日が決まっていることを示します。

解約権留保付ということは、クリニック側の内定取り消しと、求職者の内定辞退の権利が残されているということです。

つまり、正当な理由のある内定取り消しは、違法とはならないのです。

しかし、内定取り消しが正当な理由については、かなり厳しい制約があるのが現状です。

基本的に、内定取り消しの正当な理由については、主に以下の3点に限定されます。

(1)内定当時、求職者に関する知ることのできない事実が判明した

(2)事実により、雇用するのが適当でないと客観的に言える場合

(3)内定から入社までに、雇用に不適当な事実があった場合

つまり、以下の場合は内定取り消しが認められないことになります。

【内定取り消しが認められない例】
・内定を出した後に、もっと良い人材が見つかった
・内定を出した後に、他のスタッフに採用を反対された
・退職予定の人を説得して引き続き勤務してもらうので採用の必要性がなくなった

このように考えると、内定取り消しの理由は、解雇が正当化される理由にかなり近いところがあり、かなり厳しい制約であることがわかります。

不当な内定取り消しは厚生労働省に公表される可能性あり

正当な理由なく内定を取り消した場合は、訴訟を起こされる可能性がある他、クリニック名を厚生労働省が公表する可能性があります。

また、公表された内容が職業安定所などを通じて専門学校や大学などに情報提供される恐れがあるので注意が必要です。

厚生労働大臣は、第三十五条第三項の規定により報告された同条第二項(第二号に係る部分に限る。)の規定による取り消し、又は撤回する旨の通知の内容(当該取消し又は撤回の対象となった者の責めに帰すべき理由によるものを除く。)が、厚生労働大臣が定める場合に該当するとき(倒産(雇用保険法第二十三条第二項第一号に規定する倒産をいう。)により第三十五条第二項に規定する新規学卒者に係る翌年度の募集又は採用が行われないことが確実な場合を除く。)は、学生生徒等の適切な職業選択に資するよう学生生徒等に当該報告の内容を提供するため、当該内容を公表することができる。
2 公共職業安定所は、前項の規定による公表が行われたときは、その管轄区域内にある適当と認める学校に、当該公表の内容を提供するものとする。

内定取り消しの事実を公表されてしまうようであれば、スタッフ採用が非常に難しくなるだけでなく、当該事業者の評判は著しく低下します。

実際に病院・クリニックでも内定取り消しに関するトラブル事例はあるので注意しましょう。

採用内々定の場合は内定取り消しが認められるのか?

なお採用内定ではなく、内々定の場合はどうでしょうか?

内定が「解約権留保付きの労働契約」であることに対し、内々定では労働契約は締結されていません。

内々定は、「労働契約締結までの過程であり、将来労働契約を結ぶための予約程度の意味」とされるのが一般的です。

そう考えると、内々定の場合は、クリニックの都合で簡単に内々定を取り消すことができると考えがちです。

しかし、実態としては、採用することを明確に伝えたり、求職者が他の病院やクリニックの就職を辞退したりした場合は簡単に取り消すことはできません。

このような場合、「内定取り消し≒内々定取り消し」となってしまうためです。

内々定取り消しに関しても、正当な理由の定義は内定取り消しと同じと考えるのが妥当でしょう。

そのため、採用の意向を伝える際には、求職者がどの程度期待するかという観点から、慎重に判断しなければいけません。

内定取り消しが認められる具体例

内定取り消しが認められる場合は、上記の理由から非常に限られており、ほぼ以下のような場合に限定されます。

また、内定通知書などに、内定取り消し事由を忘れずに明記しておくことが必要です。

※内定通知書に、正当な理由以外の、不合理な内定取り消し事由を明記することはできません。

提出書類に、虚偽の記載があった

提出書類に虚偽記載の内容がある場合、業務に関わるものであり、スタッフとして適正でないと判断できるものであれば内定を取り消すことができます。

ここで重要なことは、「業務に関わるものか」どうかです。

例えば後述するように、メンタルヘルスの病歴があったが申告しないのは想定しうるケースですが、病歴だけで内定を取り消すことは基本的にできません。

内定通知後に健康状態が悪化した

内定通知後、初出勤までに勤務が耐えられないほど病気などで健康状態が悪化した場合は、内定を取り消すことができます。

しかし後述するように、健康状態の悪化が妊娠に伴う場合は、内定を取り消すことは基本的にできません。

内定通知後に逮捕された

内定通知後に違法行為が発覚した場合や逮捕された場合は内定を取り消すことができます。

しかし後述するように、過去に逮捕歴があるような場合は、内定取り消しが認められるかどうかは判断が難しいでしょう。

高校、専門学校、大学を卒業できなかった

単位が揃わず、卒業できなかったというのは、新卒採用では十分想定しうるケースです。

その場合は内定を取り消すのは致し方ないでしょう。

解散・廃業などにより整理解雇がやむを得ない場合

クリニックの解散・廃業、経営悪化などにより、整理解雇がやむを得ない場合は内定を取り消すことができます。

ただし、通常の整理解雇と同様、次の「整理解雇の4要件」をすべて満たした場合にのみ認められます。

・整理解雇することに客観的な必要があること
・解雇を回避するために最大限の努力を行ったこと
・解雇の対象となる人選の基準、運用が合理的に行われていること
・労使間で十分に協議を行ったこと

普通解雇や整理解雇など、解雇の区分については、以下の記事を詳しくご覧ください。

【関連記事】クリニックの医師、看護師、経理などを懲戒解雇する時の6つのポイント

こんな場合は内定取り消しできる?

「他に良い方が見つかったので、やっぱり内定取り消します」
「他のスタッフに聞いてみて、やっぱり内定を取り消すことにしました」
「メールのやり取りが不快だったので内定を取り消します」

これらの理由で内定取り消しができないというのは、今までの話で理解いただけたかと思います。

一方で内定取り消しができるかどうか、微妙なケースもいくつかあります。

ここでは、判断が難しいようなケースについてお伝えしていきます。

内定通知後、SNSに不適切な内容を投稿した場合

ここ数年SNSの不適切投稿で大炎上になるケースがあります。そして近年はSNSの不適切な投稿に対して訴えられるケースも増えています。

よく話題になるケースですが、SNSの投稿については内容によるでしょう。

クリニックの評判を落とすような投稿であったり、明らかな違法行為であったりした場合であれば内定取り消しは可能でしょう。

しかし、それ以外で単なるネガティブ投稿や、クリニックとは関係のない人に対する攻撃だけでは内定取り消しは厳しいです。

あまりにも悪質な投稿で採用するスタッフの人間性に疑問を抱くような場合でも、一度専門家の判断を仰ぐのが良いでしょう。

メンタルヘルスに関わる病歴が発覚した場合

メンタルヘルスに関わる病歴が内定通知後に発覚した場合はどうでしょう?

病歴を隠していたということは虚偽の記載に当たるから、内定取り消しは妥当ではないか、と思われる先生もいるでしょう。

メンタルヘルスの病歴に関しては、他の病歴と同様、業務に関わるかどうかが焦点となります。

内定通知後にメンタルの不調が急激に悪化して、雇用契約通りに働けそうにないのであれば話は別です。

しかし内定後は問題ないのに、過去の病歴を理由に内定を取り消すのは難しいでしょう。

また、メンタルヘルスの病歴は、書類選考や面接時に確認することは禁止されていませんが、確認には慎重さを要する内容です。

詳細は、以下の記事をご覧ください。

【関連記事】【クリニックの中途採用】面接で前職の退職理由を質問する際の4つの注意点

妊娠が発覚した場合

女性スタッフが主となる医院・クリニックでは十分想定しうるケースです。

内定通知後に妊娠を理由に採用を取り消すことは、違法となる可能性が高いので難しいでしょう。

妊娠を理由に内定を取り消すことは、男女雇用機会均等法第9条第3項に抵触し、マタハラとされてしまう可能性があります。

3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

内定取り消しも、先に書いたように解雇と同様の扱いとなるため、不利益な取扱いとされるのです。

また、採用面接時に妊娠の有無を確認するのも、男女雇用機会均等法上タブーとされており、確認するのは難しいでしょう。

マタハラについては、以下の記事も併せてご覧ください。

【関連記事】医院・クリニックが知っておきたいマタハラの基礎知識と具体例

就職直後でも産休を与えないといけない

なお、補足として就職してすぐに産休を請求された場合、出産直前の6週間(双子以上の妊娠の場合、14週間)の間、産休を与えないといけません。

出産直後の8週間であっても同様です。(労働基準法65条)

(産前産後)
第六十五条 使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。
○2 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。

就職して1年未満は育休拒否が可能

ただし、育休については、就職して1年未満の場合は、拒否することが可能です。(育児・介護休業法6条)

(育児休業申出があった場合における事業主の義務等)
第六条 事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。ただし、当該事業主と当該労働者が雇用される事業所の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、その事業所の労働者の過半数で組織する労働組合がないときはその労働者の過半数を代表する者との書面による協定で、次に掲げる労働者のうち育児休業をすることができないものとして定められた労働者に該当する労働者からの育児休業申出があった場合は、この限りでない。

一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者

二 前号に掲げるもののほか、育児休業をすることができないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの

過去に逮捕歴があることが発覚した場合

内定通知後に何らかの違法行為で逮捕されれば内定は取り消せますが、採用面接前の過去の逮捕歴を理由に内定を取り消すのは難しいでしょう。

なぜかというと、業務に支障が出るようなことがなければ、内定を取り消すことができないためです。

ただ、医院・クリニックの事例ではありませんが、社会通念上、逮捕歴は内定取り消しの理由として妥当とした判例もあるため、一概には言えません。

業務に関わるものかどうか、犯罪の種類にもよるので専門家に確認しておくと良いでしょう。

内定取り消しをする際の注意事項

以上、内定取り消しが正当であるケースや不当となるケースを紹介しましたが、なかには判断が難しい場合があります。

整理解雇も含めて、内定取り消しには正当性があるかどうかを判断するため、最寄りの社会保険労務士などに相談するようにしましょう。

また、基本的に内定を取り消した場合は、ハローワークと施設長に届出・報告が必要となります。

学校(小学校(義務教育学校の前期課程及び特別支援学校の小学部を含む。)及び幼稚園(特別支援学校の幼稚部を含む。)を除く。)、専修学校、職業能力開発促進法第十五条の七第一項各号に掲げる施設又は職業能力開発総合大学校(以下この条において「施設」と総称する。)を新たに卒業しようとする者(以下この項において「新規学卒者」という。)を雇い入れようとする者は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、あらかじめ、公共職業安定所及び施設の長(業務分担学校長及び法第三十三条の二第一項の規定により届出をして職業紹介事業を行う者に限る。)に人材開発統括官が定める様式によりその旨を通知するものとする。

一 新規学卒者について、募集を中止し、又は募集人員を減ずるとき(厚生労働大臣が定める新規学卒者について募集人員を減ずるときにあっては、厚生労働大臣が定める場合に限る。)。

二 新規学卒者の卒業後当該新規学卒者を労働させ、賃金を支払う旨を約し、又は通知した後、当該新規学卒者が就業を開始することを予定する日までの間(次号において「内定期間」という。)に、これを取り消し、又は撤回するとき。

三 新規学卒者について内定期間を延長しようとするとき

内定取り消しは、解雇と同様に内定者に猶予を与えることも必要です。具体的には労働基準法20条に従い、就業開始予定の30日前までには内定取り消しの旨を連絡しましょう。

【まとめ】内定通知を出してから後悔しないように、採用は慎重に

内定通知後の内定取り消しについて、どこまで認められるか? について解説しました。

基本的にはクリニック側の勝手な都合では、内定の取り消しが認められないことが理解できたかと思います。

もちろん、雇用してからも「しまった! 採用してはいけないタイプだった」と思っても、簡単に解雇はできません。

積極的に採用する姿勢は大切ですが、採用の有無は、「自院に合っているかどうか」という観点で慎重になった方が良いでしょう。

採用のポイントについては、以下の記事を参考にしてください。

【関連記事】医院・クリニック開業時の採用面接、書類選考、採用後のスタッフ教育で失敗しないコツとは?

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この記事の執筆・監修はこの人!
プロフィール
亀井 隆弘

社労士法人テラス代表 社会保険労務士

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

                       

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