医師・看護師の定年廃止や延長、継続雇用のメリットとデメリットや対策、法改正について詳細解説

公開日:2020年4月6日
更新日:2024年3月18日

厚生労働省の「看護師のセカンドキャリアにおける活躍を図るための職場環境整備の好事例集」では、次のような医療法人の事例が紹介されています。

「昭和43年の発足当時から定年制を設けずに運営しており、高齢スタッフが、後進の指導や日常業務を通じて年齢に関わりなく役割意識を持てるようにするとともに、職場の先輩として役割を果たせるような職場風土を育てることを通じて、その高い能力を多方面に発揮してもらうことができています」

この医療法人は昭和43(1968)年から定年制を設けずに運営しているとのことですが、医院・クリニックでも高齢者の高齢者促進が進んでいます。

採用難に悩む医院・クリニックにとって、知識と経験が熟練した高齢者の継続雇用は、多くのメリットがある一方で、問題点もあります。

そこで、今回は医師・看護師などの定年廃止や継続雇用のメリットやデメリットや対策、さらに2021年に施行された改正高齢者雇用安定法についてお伝えします。

医院・クリニックの高齢者の継続雇用のメリット

法律的にも、高齢者の雇用促進の流れは高まっていますが、一方で高齢者の継続雇用のニーズも加速度的に高まっています。

医院・クリニックで医師・看護師などの高齢スタッフに働き続けてもらうメリットについて解説します。

労働力不足の緩和

医療業界全体が人材採用難に悩むなか、高齢スタッフがクリニックを辞めずに働き続けるのは、人材確保の点で非常に貴重です。

実際に過疎地域で、人材確保に悩むクリニックが、シニア採用を行うことによって、人材不足の解消に成功したケースがあります。

また、子育て中、もしくは両親を介護しているスタッフは、働くことができる時間帯が限られています。

これを高齢スタッフが補うようにする就業形態を確立し、労務の改善に繋がったケースもあります。

熟練した経験とスキル

長年、医師、看護師、医療事務として働いてきた高齢スタッフは、知識と経験が熟練しています。

そのため、長年の就業経験から多くのケーススタディにも対応できるため、患者さんにとって安心感があり、非常に頼りになるでしょう。

これまでの経験とスキルを活かして、患者の情報収集や担当診療科への誘導、診療・検査・処方等の専門的事項の説明を行うようなケースもあります。

このように、高齢スタッフのスキルやノウハウを活用して、円滑なクリニック経営に繋げることも可能になります。

後進の育成

医院・クリニックの医師・看護師に熟練した経験・スキルを活かして継続雇用している高齢スタッフに対して後進の育成に従事してもらうことができます。

経験が浅い若手の医師・看護師にとっては、様々な知見を吸収できる場となり、良き見本となり、若手スタッフの成長に繋がります。

結果として、円滑なクリニック経営に繋がるでしょう。

高齢患者が勇気づけられる

高齢患者が多く通う医院・クリニック、介護医療施設では、身近に医師・看護師がイキイキと働く姿を見て、勇気付けられる患者さんも多いでしょう。

実例を紹介すると、とある介護医療施設では80代の介護職員が元気に働いています。

施設の入居者よりも年上の人が健康的に働く姿を見せるだけでも、高齢者の方のモチベーションは十分上がります。プラスの意味で大いに刺激を与えているのは言うまでもありません。

助成金の申請が可能

高齢者の継続雇用やシニア採用の大きなメリットの1つとして、助成金の申請ができることがあります。

詳しくは以下のシニア採用の記事で詳しく記載していますので、併せてご覧ください。

【関連記事】【看護師等の65歳以上の求人】クリニックのシニア採用の好事例と助成金活用

医院・クリニックの高齢者の継続雇用のデメリットと対策

高齢者の継続雇用については、案外様々なメリットがあり、医院・クリニックによっては十分活用の余地があります。

一方で、高齢者の継続雇用には、次のようなデメリットや問題点があり、それらをカバーして、高齢者が元気に働ける仕組みづくりが欠かせないでしょう。

フットワークが重くなる

若い人が入職しなければ、院長先生と一緒に医師・看護師などのスタッフの高齢化が進みます。

スタッフの高齢化が進むと、全体的にフットワークが重くなってしまい、結果的に院内のモチベーションが低くなる懸念があります。

高齢者の雇用を促進するとともに、若手スタッフの採用も並行して行うことがおすすめです。

その方が、高齢スタッフとしては後進の育成という立場で活躍できますし、各々が刺激し合うことが可能になります。

人材の配置に気を遣う必要がある

若手スタッフと高齢のベテランスタッフをバランスよく採用することは重要です。

しかし、若手スタッフの中に高齢スタッフがぽつんと配置されても、人間関係に馴染めず、本来の力を発揮してもらえない懸念があります。

先に書いたように、高齢スタッフが経験やノウハウを発揮できるポジションを用意するなど、高齢スタッフの立場を確立できる仕組みも必要でしょう。

健康の不安がある

どうしても高齢者となると、若手スタッフより健康面に配慮しなければいけません。

そのため、フルタイムの雇用だけでなく、様々な勤務形態を用意して、無理が生じないように柔軟に対応するようにしましょう。

また、先に紹介した介護職員のように、元気にイキイキと働けるよう、食事や運動の管理について組織的に取り組むことも検討の余地があります。

高年齢者雇用安定法の概要

高齢者の雇用促進を図る目的で制定された高年齢者雇用安定法の概要についてお伝えします。

高年齢者雇用安定法は、高齢スタッフの定年廃止や継続雇用のベースとなる法律となります。

スタッフが希望すれば65歳まで雇用し続けること

現在、高年齢者雇用安定法第9条によって、65歳未満の定年を定めている事業主に対して、次のように定められています。

(高年齢者雇用確保措置)

第九条 定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。

一 当該定年の引上げ

二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入

三 当該定年の定めの廃止

引用元:高年齢者雇用安定法第9条

つまり、定年の引上げ(延長)、継続雇用制度、定年廃止のいずれかにより、希望する人に対して65歳まで従業員を雇用し続けなければいけません。

高年齢者雇用確保措置を講じない場合と経過措置

上記のいずれかの措置が講じられていない場合には、厚生労働大臣による指導、助言、勧告、企業名の公表がされることもあり得ます。(高年齢者雇用安定法第10条)

(公表等)

第十条 厚生労働大臣は、前条第一項の規定に違反している事業主に対し、必要な指導及び助言をすることができる。

2 厚生労働大臣は、前項の規定による指導又は助言をした場合において、その事業主がなお前条第一項の規定に違反していると認めるときは、当該事業主に対し、高年齢者雇用確保措置を講ずべきことを勧告することができる。

3 厚生労働大臣は、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかつたときは、その旨を公表することができる

引用元:高年齢者雇用安定法第10条

ただし、継続雇用制度については、下図のように厚生年金(報酬比例部分)の支給開始年齢に到達した以降の者を対象に、基準を引き続き利用できる12年間の経過措置が設けられています。

※厚生労働省「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」より抜粋

2021年改正高年齢者雇用安定法|65歳⇒70歳までの雇用の努力義務

2021年の改正高年齢者雇用安定法では、上記の雇用確保義務に加えて、65歳から70歳までの就業機会を確保するための努力義務が新設されています(高年齢者雇用安定法10条の2第1項)。

65歳以上70歳未満に定年を定めているか、65歳までの継続雇用制度(70歳以上まで引き続き雇用する制度を除く。)を導入していると努力義務が発生します。

(高年齢者就業確保措置)

第十条の二 定年(六十五歳以上七十歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主又は継続雇用制度(高年齢者を七十歳以上まで引き続いて雇用する制度を除く。以下この項において同じ。)を導入している事業主は、その雇用する高年齢者(第九条第二項の契約に基づき、当該事業主と当該契約を締結した特殊関係事業主に現に雇用されている者を含み、厚生労働省令で定める者を除く。以下この条において同じ。)について、次に掲げる措置を講ずることにより、六十五歳から七十歳までの安定した雇用を確保するよう努めなければならない。

ただし、当該事業主が、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合の、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の同意を厚生労働省令で定めるところにより得た創業支援等措置を講ずることにより、その雇用する高年齢者について、定年後等(定年後又は継続雇用制度の対象となる年齢の上限に達した後をいう。以下この条において同じ。)又は第二号の六十五歳以上継続雇用制度の対象となる年齢の上限に達した後七十歳までの間の就業を確保する場合は、この限りでない。

一 当該定年の引上げ

二 六十五歳以上継続雇用制度(その雇用する高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後等も引き続いて雇用する制度をいう。以下この条及び第五十二条第一項において同じ。)の導入

三 当該定年の定めの廃止

引用元:

具体的には、65歳までの雇用確保が「義務」であることに対し、65~70歳までの雇用確保が「努力義務」である点です。

「しなければいけない」とする義務より「努めなければならない」努力義務の方が強制力は弱いものの、具体的なアクションが求められることには変わりません。

また、定年の引上げ(延長)、継続雇用制度、定年廃止に加え、次の創業支援措置という雇用以外の措置が新設されています。

④高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入

⑤高年齢者が希望するときは、70歳まで継続的に
a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業に従事できる制度の導入

引用元:厚生労働省資料「70歳までの就業機会確保(改正高年齢者雇用安定法)」より抜粋

創業支援措置については、過半数組合・過半数代表者の同意を得て導入することが可能です。

有期雇用の無期転換制度は定年後の再雇用も該当するか?

※厚生労働省「有期契約労働者の無期転換ポータルサイト」より抜粋

平成25(2013)年4月1日施行の改正労働法により、上図のように有期労働契約が通算5年を越えた労働者から希望があれば、無期労働契約に切り替えないといけません。

これを無期転換制度と言って、助成金の申請対象にもなります。

無期転換制度は、有期雇用契約となっている若年層に配慮して生まれた制度です。

では、定年退職後の継続雇用者が無期雇用を求めた場合はどうなるでしょうか?

定年後に有期雇用契約として雇用を延長し続けると、5年後には無期雇用契約に再度戻す必要があると考えられます。

この点については、就業規則などで第二定年を設定するなどが必要と言われています。

第二定年とは2つ目の定年のことで、第一定年を65歳とした場合、その後に作られるもう1つの定年が70歳といった具合です。

第二定年を設定しなければ、いつまでも働き続けることができることになってしまいます。

なお、第二定年は無期雇用になったパートやアルバイトなどの契約スタッフに対して定年の年齢を定めるものです。

フルタイムの正職員を対象とした継続雇用とは根本的に違った制度になります。

高齢の契約スタッフが在籍している医院・クリニックは注意しておく必要があるでしょう。

【まとめ】高齢者がイキイキと元気に働ける仕組み作りを

以上、医院・クリニックの高齢者の継続雇用や定年廃止、延長のメリットやデメリット、対策、関係法令についてお伝えしました。

高年齢者雇用安定法の改正というのもありますが、人材確保の観点でも、高齢者の継続雇用や定年延長については、積極的に検討する必要があるでしょう。

高齢スタッフの存在が労務の改善を促し、円滑なクリニック経営に繋がった例もあります。

高齢者がイキイキと元気に働けるような仕組みを作り、若手スタッフのスキルアップやモチベーションアップも図れるような体制を整えましょう。

亀井 隆弘

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

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