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はじめに
不景気でも病気はなくならず、しかも少子高齢化が進んだ日本では、医院・クリニックの開業は一般企業よりも有利と言われています。
たしかにこれは事実なのですが、一方でめでたく新規開業したにも関わらず資金繰りが悪化する医院・クリニックの失敗事例も多く聞きます。
例えば資金がショートして追加融資を受けたり、休診日にアルバイトする羽目になったり、廃業して勤務医に戻ったり…。
開業医は勤務医より儲かるというイメージが先行し、無謀な開業に踏み切ってしまう人も少なくありません。
そこで今回は、新規開業した医院・クリニックの無謀な失敗事例について、いくつか紹介していきたいと思います。
※開業医の方が勤務医より平均年収が高いのは事実です。
【事例1】悪質な開業コンサルタントにより自己破産した医院・クリニック
勤務医の先生が開業を検討する際、まず思いつくのが開業コンサルタントです。
しかし、世の中には優秀な開業コンサルタントばかりではありません。
なかには物件選びなど開業の一部しか関わったことがないコンサルタントもたくさんいます。
また、コンサルタントと言いつつ、サポートするのが各業者の紹介程度というコンサルタントもいます。
【関連記事】開業コンサルタント失敗事例「こんな人に頼むのはNGです」
※この記事に実際にだめな開業コンサルタントの事例が詳しく掲載されています。
なかには先生の足元を見て、サポート内容から考えて遥かに高額なコンサル料を請求するちょっと悪質な開業コンサルタントも。
「医者は何も知らないだろう」「医者は金があるから取れるだけ取ってやろう」と寄ってくる開業コンサルタントも少なくありません。
そこで、実際に詐欺まがいとも取れる悪質な開業コンサルタントの事例を紹介します。
内科で開業を考えているとある医師。
開業医専門のコンサルタント専門のホームページで、「無料で診療圏を調べます」という文字が飛び込んできました。
開業後の集患で場所が大切だということは、医師も認識しており、それを無料で調べてくれるというので、そのコンサルタントにいろいろ聞いてみることに。
そして内科医として開業して良さそうな場所をピックアップしてもらい、医師は開業のイメージが湧いてきました。
そのなかでも、コンサル会社が特に勧めていた場所がありました。
「この場所は過去の経験上かなりおすすめです。住宅街は少し離れていますが、この辺はほとんどが車移動です。駐車場が広いというのは、とても有利です。車で少し走れば新興住宅地ですから、集患には最高です」
地元に長年住んでいる医師は、この話を聞いてとても納得できるものがありました。
そして、ぜひこの場所に開業したい!と強く思うようになりました。
そこで、この開業コンサルタントはダメ押しの一言を話します。
「こんな好条件ですから、他の先生も狙っていて、皆さんまだ決めかねています。早い者勝ちでしょう」
医師は結局、この開業コンサルタントの言う通り、その郊外の広い場所で開業することにして、準備等をそのコンサルタントに依頼しました。
その資金は、なんと1億5000万円。
郊外とはいえ駐車場も広く、建物も大きく、設備や機械も最高のものを設置。
しかし、開業後はそこそこ集患できていたのですが、開業後1年して、近くに医療モールができたことで、患者は激減。
開業直後から集患できていたとはいえ資金繰りは苦しい状態。医療モールができたことでとどめを刺されてしまいました。
ほどなくしてその医師は自己破産に追い込まれました。
このように、無料で診療圏を案内して興味をもたせ、「早くしないと取られますよ」と煽って開業させるコンサル会社はまだまだ多いです。
しかも、この開業コンサルタントは建物、内装、設備や機械、広告費用、あらゆる費用を上乗せして金額を提案しました。
その金額が1億5000万円だったわけですが、この金額は開業資金としては高すぎです。
ほぼ詐欺と言って良いでしょうが、その医師は気づくことができずに自己破産に追い込まれました。
自己破産に追い込んだ開業コンサルタントはボロ儲けです。
こういうことがないように、開業コンサルタントは慎重に検討しましょう。
【事例2】税理士に丸投げした医院・クリニックの事例
もう一つ、医院・クリニックの先生が身につけておきたいのが税理士との付き合い方や選び方です。
開業医の先生は、医療の技術には優れているものの、マーケティングや財務のことは疎い方が多いです。
それでマーケティングのことは開業コンサルタント、財務のことは税理士に丸投げする先生も多いです。
しかし、多くの税理士の先生は「記帳代行はできる人」「税金のことには詳しい人」というだけです。
難易度の高い医療会計コンサルティングの側面を持った税理士はほとんどいません。
ある開業医の先生は集患が落ち込んだことが理由で、資金繰りが悪化。ついに資金が底を尽きそうになりました。
そんなときに、「どうしたら良い?」と聞いても、事務屋的な税理士は「追加融資しかないですね」と言うだけです。
しかし、資金繰りの悪化を理由に追加融資をお願いしても、ほとんどの銀行や信用金庫に断られるのがオチでしょう。
その開業医の先生もことごとく追加融資を得られず、結局自分の貯金を切り崩すことで対応しています。
いつ自己破産するかわからない状態です。
税理士=「財務処理をやってくれる人」であっても、資金繰りの相談ができる人は多くはないでしょう。
いざと言うときにまったく役に立たない人もいます。
税理士に頼めば財務は万全とは大間違いです。
開業医は経営者でもありますから、資金繰りに関しては自分で管理すること。
そうでなければ単なる事務屋的な税理士ではなく、医療会計やお金のコンサルティングなど税務全般の相談ができる税理士を探しましょう。
【事例3】金銭感覚がおかしい、浪費癖の激しい先生は開業医に向かない
新規開業で失敗する医院・クリニックの先生で、かなり多いのが浪費癖の激しい先生です。
開業医は勤務医に比べて平均年収が高いというデータがあるので、多少の油断があるのかもしれません。
立地により想定される患者さんには到底必要なさそうな高価な医療機器を揃える。
自分の医院・クリニックに合わない広告戦略で、広告費を大幅に無駄にしてしまう。
プライベートでも浪費癖が止まらず、フェラーリやポルシェなど一軒家が買えてしまうくらいの高級車を買ってしまったり。
このように必要以上にお金を無駄にかけてしまうのは、開業医には向いていません。
集患に失敗すれば、すぐに資金繰りが悪化して借金地獄、ひどい場合は自己破産に向かうのは目に見えています。
ですから、勤務医時代に十分貯金している。浪費癖がなくて堅実。支出に関してシビアである。こういう人の方が失敗はしないでしょう。
また資産運用に関して言えば、できれば開業前は不動産よりは、現金や株式などコントロールしやすい流動資産を多く持っておくことをおすすめします。
また、ポルシェなど高級車を買う場合は、開業後数年して経営が安定してからのほうが節税対策にもなります。
こういったことを視野に入れて計画的に考えられる人のほうが、開業医に向いていると言えるでしょう。
【事例4】医院・クリニックのオープニングスタッフの退職
開業医の先生にとって課題になるのは、集患や資金繰りだけではありません。
スタッフの雇用も新規開業時には大きな課題になります。
新規開業される先生は、自分の思いを実現した医院・クリニックを作りたいと考えるでしょう。
内装や医療機器はもちろん、スタッフにも相当のこだわりを持って採用します。
もちろん新規開業前の勤務先の病院で、スタッフを何人かヘッドハンティングするケースも多いでしょう。
なかには、100人くらいの応募者と面接をするなど、かなりスタッフ雇用に力を入れた先生もいらっしゃいます。
このように、これまでの伝手や公募をフル活用し、魅力的なスタッフを揃える開業医の先生は多いです。
そして、多くの開業医の先生はこのように思うでしょう。
「このスタッフたちと一緒にずっとこの病院をやっていくのだ」と。
しかし、なかなかそうはいきません。
1年、2年してくると、今まで魅力的と思っていたスタッフが1人、また1人と辞めていきます。
そして3年くらいでスタッフが全員入れ替わるなんてケースはざらにあります。
ただでさえ人材の入れ替わりが激しい医療業界ですが、特に新規開業時は長く働いてもらうことが難しいように思います。
というのも、開業当初は思いを共有し、多少厳しい給与や福利厚生でも我慢して働いてくれます。
しかし、ようやくローンの返済を終え、資金繰りが安定してくると、スタッフは待遇が上がることを期待します。
これまで厳しい状況でも働いてくれたわけですから当然と言える状況ではありますが、これがすれ違いになりやすいです。
もっとも危ない時期は、経営は軌道に乗り始めたけど、まだ完全に安定していない状態。
この時期はスタッフの給与を上げてしまうと、また資金繰りが悪化してしまうということになります。
でも軌道に乗り始めているわけですから、スタッフとしては「さっさと給料上げろ!」となるので、要は厳しい綱引き状態となります。
それでいて新規開業後しばらくは労務制度の整備が追いつかず、就業規則や手当に関するルールが曖昧なままになっているケースも見られます。
そのため、つい手当を渋ってしまうという不手際が起こります。
こうした状況になれば、スタッフからブーイングが起こるのは当たり前で、院長先生は慌てて要求に応えようとします。
しかし、一部の不満を声に出したスタッフにのみ有利な待遇となり、スタッフ間で公平感を失います。
まさに火に油を注ぐような状態で、院長とスタッフ、もしくはスタッフ間の人間関係がギスギスしてきます。
ここまで来ると、開業当初は一致団結していたと思われたスタッフが一斉に退職することもあり得ます。
人材を確保できないことは、医院・クリニックにとって大きな損失ですし、人の入れ替わりが激しいと悪い評判にもなりかねません。
医院・クリニックのM&Aで開業も視野に
最後に、医院・クリニックの新規開業ではなく、後継者が不在のクリニックを引き継いで開業する、M&Aでの開業についてお話します。
新規開業というと、資金調達、資金繰り、診療圏や競合調査、人材の確保という点でかなり不安が多くなります。
たしかに開業医は勤務医に比べて平均年収は高いのですが、一方で一般の個人事業主同様、ハイリスク・ハイリターンの方法でもあります。
これらのリスクを抑えて、それでいてリターンを大きくできるのが、M&Aでの開業です。
以下に、医院・クリニックを新規開業する場合と承継開業する場合で比べてみましょう。
新規開業 | 承継開業 |
---|---|
銀行で資金調達 | 持分買取資金(退職金使用) |
リースで医療機器調達 | 医療機器は完備されており、リース不要 |
診療圏・競合調査が必要 | 調査不要、すでに繁盛している |
医療事務や看護師の確保が必要 | 人材をそのまま引き継げる |
もちろん、売り手と買い手の条件が一致し、両者で合意が取れればという話になります。
それでも、新規開業に比べれば開業コストを抑え、しかもすでに繁盛している医院を引き継ぎ、人材も確保できます。
安易に引き継ぎ開業を勧めるわけではありませんが、開業を考えていらっしゃる先生は、ぜひM&Aでの開業も視野に入れると良いと思います。
まとめ
今回は、新規開業の医院・クリニックの代表的な失敗事例について書きました。
実績不十分で詐欺まがいの開業コンサルタントがいる
税理士に財務を丸投げしてしまっている
金銭感覚がなく浪費癖が激しい
オープニングスタッフは定着
新規開業に欠かせないのは立地に合った集患対策と資金繰りです。
ただ単に立地条件が良ければ成功するわけではなく、先輩の開業医のコピー開業でもうまくいきません。単に広告を出せば良いというわけではありません。
財務を把握できなければ、集患に困った時にあっという間に資金繰りが悪化します。
資金繰りが悪化すれば追加融資を受けるのはかなり厳しくなります。
開業して黒字経営になれば、勤務医以上の豊かな生活が待っていますが、安易に開業するのは危険です。
コンセプト、ビジネスモデル、事業計画を明確にしてから開業するようにしましょう。
ご相談・お問い合わせ

- 笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢42人(R2年4月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。
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