病院やクリニックなどの医療機関では、以前から患者が医療費(診療報酬)を支払わないケースに悩まされることがあります。

  1. どうやって、いつまでに医療費の未払いを回収するのか?
  2. どうやったらこれ以上医療費の未払いを防ぐことができるのか?
  3. 医療費を支払わない患者の診療拒否はできるのか?

このような医療費の未払い対策についてお伝えします。

医療費の未払いを回収する方法

医療機関もボランティアではないので、当然ながら無償で医療の提供をするわけにはいきません。医療費の未払いが膨れ上がれば経営に悪影響が出ます。

悪質に踏み倒そうとするケースもありますから、例え未払い額が少額であっても早めに手を打ったほうが良いでしょう。

そこでまずは、メールや電話といった簡単な催促から、強制執行など法的手段まで、医療費の未払金の回収についてお伝えしていきます。

メールや電話で催促して回収

速やかに催促状を送って対応した方が良いですが、まだ医療費の未払金が少額の場合は、メールや電話で催促して回収しても良いでしょう。

うっかり支払い忘れたなど支払いの意思がある患者であれば、この時点でも大きなトラブルなく未払金の回収は可能でしょう。

しかし、メールや電話ですと相手に対する心理的な負担は少なく、未払金の回収が長引くリスクがあります。

なお、未払い患者に回収する際はメールやSNSのやり取りは保存し、電話なら録音しておきましょう。

いつになっても未払い金の回収がない場合、診療拒否して応召義務違反を疑われた場合に有効です。

催促状を発行して回収

できれば医療費の未払いが発生したら、すぐに催促状を発行して相手に心理的負担をかけたいところです。

最初にメールや電話での催促を紹介したのは、内容証明郵便の場合1通1,252円の料金がかかり、少額回収の場合は割に合わないためです。

また、うっかり支払い忘れただけであれば、催促状を出すまでもありません。

普通郵便でも催促状は送付できますが、内容証明郵便の方が裁判における証拠になります。

相手にかける心理的プレッシャーも電話やメール、普通郵便に比べて大きくなります。

場合によっては、「本書書面到着後、〇日を過ぎても支払いに対応していただけない場合は、法的手段をとらせていただきます」と強く出ても構いません。

督促状の記載例については、最寄りの弁護士に相談すれば教えてもらえるので、相談してみてください。迅速な催促を促すためには、催促状のテンプレートを用意しておくといいでしょう。

ただ、内容証明にする場合は、次のような字数・行数の規定があります(内容文書は除く)。

縦書き1行20字以内、1枚26行以内
横書き1行20字以内、1枚26行以内
1行13字以内、1枚40行以内
1行26字以内、1枚20行以内

 

診療費未払いの回収を弁護士に依頼する

催促状を送っても回収が滞るようなときは、顧問の弁護士がいれば法的手段を取る前に回収業務を委託しても良いでしょう。弁護士に回収業務を委託することで、次のようなメリットがあります。

①弁護士が「法的手段を取ります」と通告することで、モンスターペイシェント等の患者に強い心理的プレッシャーを与えることができ、回収率がアップする。

②院内のスタッフが未払金回収の業務に就く必要がなく、診療に専念しやすくなる。

③弁護士が窓口になることによって患者に強いプレッシャーをかけられる他、クリニックのイメージダウンを避けることができる。

健康保険加入の場合は強制徴収制度

健康保険に加入している患者であれば、保険の構成徴収制度を利用する選択肢もあります。これは組合か保険者が未払金を強制的に回収し、医療機関に支払う制度です。

とはいえ、一定の回収努力をすることが前提となっています(国民健康保険法第42条第2項)。

目安としては、未払い発生後2ヶ月の間に、2週間に1度程度は内容証明郵便等で催促を促すといったことと言われています。他には電話やメールによる催促の記録もしておくといいでしょう。

ただ、内容証明郵便の費用を考えると現実的な対応とは言えず、実際に強制徴収制度の事例は多くありません。

ただ、条件に合えば法的手段を取る前に検討してみても良いでしょう。

民事調停

ここまでである程度は医療費の未払金は回収できるかと推測できますが、それでもだめなら法的な手段を取らざるを得ません。

民事調停は調停委員の仲介で、債務の支払いについて裁判所で協議を行う方法です。

調停なので不成立になることはありますが、調停が成立した場合、調停調書を取得できます。

調停調書は判決と同じ効力があるので、患者が医療費を支払わない場合は強制執行が可能になります。

裁判所を通じて支払催促をする

裁判所を通じて支払催促する方法です。

通常の裁判のように出廷する必要がないので手がかかりません。費用も金額にもよりますが10万円以下で500円程度、100万円でも数千円程度です。

訴訟(少額訴訟含む)

ここまでやっても医療費を支払わない人に対しては訴訟を起こします。

複数の未払い患者がいる場合は、複数名に対して訴訟を行い、効率的に回収していきましょう。

60万円以下の未払金の回収の場合は、少額訴訟によって簡易的に1回の期日で審理を終えて判決することができます。

【関連記事】60万円以下の医療費未払いなら少額訴訟を検討しよう

強制執行

最終的には強制執行手続きとなり、患者の保有財産を強制的に差押え、債権を回収します。

多くの場合は給料や口座預金、場合によっては車や不動産といった固定資産の差押えが可能です。

医療費の未払いを防ぐ対策

ここまで医療費の未払金の回収についてお伝えしましたが、ここからは、そもそも未払金の発生を防ぐ対策についてお伝えします。

保険証の提出や身分証明の徹底

医療機関が保険証の提示を求めないのはあり得ないとは思いますが、保険証がない、もしくは忘れた方には、他の身分証明書の提示を徹底しましょう。

医療費を最初から踏み倒そうとする人は、カルテ情報に虚偽の住所、氏名を記載する可能性があります。

また、電話やメールで催促する場合は、電話番号やメールの記載を忘れずに行いましょう。(ただし、虚偽情報を記載する可能性は否めません)

誓約書にサインさせる

誓約書をあらかじめ作っておき、患者にサインさせることで、法的手段に出た場合などに事実証明の証拠になります。

たまたま手持ちの現金がないだけで、支払い能力のある人にとっては「そこまでやるの?」と思われるかもしれません。

しかし実際に支払能力のない人やモンスターペイシェントもいるので、極力誓約書は書いてもらいましょう。

クレジットカードの支払いに対応

たまたま手持ちの現金がない人の未払いに対応するなら、クレジットカードの支払いに対応した方が親切でしょう。

ただし、本記事で問題視している支払う意思がない人に対しては、あまり効力は持たないと考えられます。

連帯保証人や保証人をつける

連帯保証人や保証人をつけて、住所・氏名・電話番号・勤務先などを記載させるのも、医療費未払金対策として重要です。

連帯保証人と保証人の違い

連帯保証人と保証人については、似ているようで大きな違いがあるので注意しましょう。

連帯保証人保証人
催告の抗弁(民法452条)なしあり
検索の抗弁(民法453条)なしあり

催告の抗弁

保証人に対して債権を請求してきた場合,保証人であれば「まずは主債務者(患者)に請求してください」と主張することができます。これを「催告の抗弁」といいます。

連帯保証人は催告の抗弁はなく、このような主張はできません。

検索の抗弁

主債務者(患者)が返済できる資力があるにもかかわらず返済を拒否した場合があります。

この場合、保証人であれば主債務者に資力があることを理由に,主債務者の財産に強制執行をするように主張することができます。これが「検索の抗弁」です。

連帯保証人はこのような主張をすることができず,主債務者に資力があっても必ず返済しなければなりません。

2020年の民法改正の注意点

2020年の民法改正により、連帯保証人制度で責任限度額の設定が義務付けられるようになりました。

医療費について連帯保証人をとる場合,責任限度額を書面で定めなければ,保証契約の効力が生じないので注意しましょう。

詳しくは、次の記事をご覧ください。

【関連記事】2020年の民法改正で医療機関が知っておきたい3つのポイント

事前の医療費に関する説明

多くの場合は、診療のあとに医療費の自己負担分について知らされます。

しかし、これでは患者が費用対効果に納得できないといったことが発生しやすく、感情的に医療費未払いが発生してしまう可能性があります。

そのため、医療費が高額となりそうな場合は事前に同意を得ておくのもひとつの手です。

しかし、不用意に医療費の目安を伝えても、それはそれで実際の医療費と大きく違えばトラブル要因になるので慎重に対応してください。

医療費未払金の時効

以前は、医療費未払いに関する時効は3年ですが、2020年の民法改正で5年に変更されています(民法166条)。

2020年4月1日以前に発生(支払い期限の翌日)したものは3年、4月1日以降に発生した未払いについては5年ということになります。

内容証明郵便と時効

また、内容証明郵便で医療費を請求した場合、民法上の時効を過ぎても内容証明郵便が届いたあと6ヶ月は時効になりません。ただし、これは1度だけ有効です。

時効の延長

債務名義を得ることができれば、10年間時効が延長されます。

債務名義にあたるもの
民事調停調停調書
裁判所からの支払督促仮執行宣言付支払督促
訴訟確定判決や仮執行宣言付判決など

時効の中断

強制執行による差押えや、その前段階の仮差押え、仮処分については、裁判所の指定する期間のみ時効を中断できます。

差押えでは債務名義は必要ですが、仮差押え、仮処分について債務名義は不要です。

時効を過ぎた場合は債務承認

医療費未払い患者が債務確認書や債務承諾書などの書類作成に応じたり、一部を返済したり、猶予を申し入れた場合を「債務承認」と言います。

債務承認については時効経過が振り出しに戻ることになりますが、時効を過ぎた場合でも有効です。

時効の援用

医療費未払いの時効は自動的に成立するわけではなく、患者が先生の医院・クリニックに時効の通知を書面で行って時効が成立します。これを「時効の援用」と言います。

つまり、患者がまだ時効の通知を送っていない場合は、5年を過ぎても催促をしたり、訴訟を起こしたりすることができます。

医療費未払い患者に診療拒否できるか?

医療費を支払わない問題患者には診療を拒否したいところ。しかし、医師には医師法で定められた応招義務があります。

正当な理由があれば診療拒否しても応召義務違反にならないとされているものの、医療費の未払いは原則正当な理由とはみなされません。

つまり、基本的には医療費の未払いを理由に診療を拒むことはできません。

しかし、モンスターペイシェントのような患者に対し、無償の愛の精神で尽くさないといけないかと言えばそれは理不尽です。

基本的には支払能力があるにもかかわらず、悪意を持ってあえて支払わない場合等に診療拒否しても応召義務違反にならないとされています。

特に本記事で解説したステップで再三の支払催促に応じないときに、診療を拒否しても応召義務違反とはならないこともあります。

また、歯科や美容整形外科などに多い自由診療についても、支払えないなら治療を拒否することは当然問題ありません。

ただし、心筋梗塞や脳卒中など、重篤で急な対応を要する場合に診療拒否できるか、と言われれば、それは不可能でしょう。

応召義務については、次の記事で詳しく書かれていますので、そちらを併せてご覧ください。

【関連記事】診療拒否できる? できない? 医師が知っておくべき応召義務5つのポイント

このように、診療拒否に関することはケースバイケースで、断定的なことが言えません。詳しいことは最寄りの弁護士に相談するようにしてください。

【まとめ】医療費の未払金問題は早めに対応を

以上、医療費(診療報酬)の未払いが起きた時の回収方法、未然の対策、時効、診療拒否による応招義務違反の有無についてお伝えしました。

医療費の未払いが積み重なると、医院経営に悪影響が及ぶ可能性がありますし、未払金の回収の時効は原則5年です。(2020年4月1日以前は3年)

未払金が発生しないような対策はもちろん、未払金が発生したら確実に回収できるように、早めに対応していきましょう。

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プロフィール
笠浪 真

税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

                       

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