はじめに

病院やクリニックなどの医療機関では、以前から患者が医療費(診療報酬)を支払わないケースに悩まされることがあります。

古いデータですが、厚生労働省「医療機関の未収金問題に関する検討会」によると、2007年の医療費未払いの累積総額は373億円と算出されています。おそらく今ではもっと医療費の未払金は増えているでしょう。

そこで、今回は医療費の未払い対策として、どうやって回収するか? 時効はどれくらいか?医療費を支払わない患者に対して診療拒否できるか? といったことをお伝えしていきます。

医療費の支払いを回収する方法

医療機関もビジネスであり、商売であることには変わりありませんから、医療費の未払いが膨れ上がれば経営に悪影響が出ます。

悪質に踏み倒そうとするケースもありますから、例え未払い額が少額であっても早めに手を打ったほうが良いでしょう。

そこでまずは、メールや電話といった簡単な催促から、強制執行など法的手段まで、医療費の未払金の回収についてお伝えしていきます。

メールや電話で催促して回収

速やかに催促状を送って対応した方が良いですが、まだ医療費の未払金が少額の場合は、メールや電話で催促して回収しても良いでしょう。

支払いの意思がある患者であれば、この時点でも大きなトラブルなく未払金の回収は可能でしょう。

しかし、メールや電話ですと相手に対する心理的な負担は少なく、未払金の回収が長引くリスクがあります。

なお、未払い患者に回収する際はメールやSNSのやり取りは保存し、電話なら録音しておきましょう。

いつになっても支払いがない場合、診療拒否して応召義務違反を疑われた場合に有効です。

催促状を発行して回収

できれば医療費の未払いが発生したら、すぐに催促状を発行して相手に心理的負担をかけたいところです。

最初にメールや電話での催促を紹介したのは、内容証明郵便の場合1通1,252円の料金がかかり、少額回収の場合はコストパーフォーマンスが悪いためです。

もちろん普通郵便でも催促状は送付できますが、内容証明郵便の方が裁判における証拠になります。相手にかける心理的負担も電話やメール、普通郵便に比べて増えます。

場合によっては、「本書書面到着後、〇日を過ぎても支払いに対応していただけない場合は、法的手段をとらせていただきます」と強く出ても構いません。

診療費未払いの回収を弁護士に依頼する

催促状を送っても回収が滞るようなときは、顧問の弁護士がいれば法的手段を取る前に回収業務を委託しても良いでしょう。弁護士に回収業務を委託することで、次のようなメリットがあります。

①弁護士が「法的手段を取ります」と通告することで、モンスターペイシェント等の患者に恐怖感を煽ることができ、回収率がアップする。

②院内のスタッフが未払金回収の業務に就く必要がなく、診療に専念しやすくなる。

③弁護士が窓口になることによって患者に強いプレッシャーをかけられる他、クリニックのイメージダウンを避けることができる。

健康保険加入の場合は強制徴収制度

健康保険に加入している患者であれば、保険の構成徴収制度を利用する選択肢もあります。これは組合か保険者が未払金を強制的に回収し、医療機関に支払う制度です。

しかし「なんだ、健康保険が回収してくれるなら、こっちは自助努力はいらないし、弁護士に相談する必要もない」というのは違います。

強制徴収制度が適用されるには、未払い発生後2ヶ月の間に、2週間に1度内容証明郵便等で催促を促す等の自助努力が前提となっているためです。

これはかなりハードルが高く、実際に強制徴収制度の事例はかなり稀で現実的とは言えません。

ただ、条件に合えば法的手段を取る前に検討してみても良いでしょう。

民事調停

ここまでである程度は医療費の未払金は回収できるかと推測できますが、それでもだめなら法的な手段を取らざるを得ません。

民事調停は調停委員の仲介で、債務の支払いについて裁判所で協議を行う方法です。

調停なので不成立になることはありますが、調停が成立した場合、調停調書を取得できます。

調停調書は判決と同じ効力があるので、患者が医療費を支払わない場合は強制執行が可能になります。

裁判所を通じて支払催促をする

裁判所を通じて支払催促する方法です。

通常の裁判のように出廷する必要がないので手がかかりません。費用も金額にもよりますが10万円以下で500円程度、100万円でも数千円程度です。

訴訟(少額訴訟含む)

ここまでやっても医療費を支払わない人に対しては訴訟を起こします。

複数の未払い患者がいる場合は、複数名に対して訴訟を行い、効率的に回収していきましょう。

60万円以下の未払金の回収の場合は、少額訴訟によって簡易的に1回の期日で審理を終えて判決することができます。

強制執行

最終的には強制執行手続きとなり、患者の保有財産を強制的に差押え、債権を回収します。

多くの場合は給料や口座預金、場合によっては車や不動産といった固定資産の差押えが可能です。

医療費の未払いを防ぐ対策

医療費の未払金は発生しないようにすること、発生したら上記の流れで確実に未払金を回収できるようにするための対策が必要です。

保険証の提出や身分証明の徹底

医療機関が保険証の提示を求めないのはあり得ないとは思いますが、保険証がない、もしくは忘れた方には、他の身分証明書の提示を徹底しましょう。

医療費を最初から踏み倒そうとする人は、カルテ情報に虚偽の住所、氏名を記載する可能性があります。

また、電話やメールで催促する場合に備え、電話番号やメールの記載を忘れずに行いましょう。(ただし、虚偽情報を記載する可能性は否めません)

誓約書にサインさせる

誓約書をあらかじめ作っておき、患者にサインさせることで、法的手段に出た場合などに事実証明の証拠になります。

たまたま手持ちの現金がないだけで、支払い能力のある人にとっては「そこまでやるの?」と思われるかもしれません。

しかし実際に支払能力のない人やモンスターペイシェントもいるので、極力誓約書は書かせましょう。

クレジットカードの支払いに対応

たまたま手持ちの現金がない人の未払いに対応するなら、クレジットカードの支払いに対応した方が親切でしょう。

ただし、本記事で問題視している支払能力があるのに支払わない人に対しては、あまり効力は持たないと考えられます。

連帯保証人や保証人をつける

連帯保証人や保証人をつけて、住所・氏名・電話番号・勤務先などを記載させるのも、医療費未払金対策として重要です。

連帯保証人と保証人の違い

連帯保証人や保証人については、似ているようで大きな違いがあるので注意しましょう。

連帯保証人 保証人
催告の抗弁(民法452)

なし あり
検索の抗弁(民法453)

なし あり

催告の抗弁

保証人に対して債権を請求をしてきた場合,保証人であれば「まずは主債務者(患者)に請求してください」と主張することができます。これを「催告の抗弁」といいます。

連帯保証人は催告の抗弁はなく、このような主張はできません。

検索の抗弁

主債務者(患者)が返済できる資力があるにもかかわらず返済を拒否したケースがあります。

この場合、保証人であれば主債務者に資力があることを理由に,主債務者の財産に強制執行をするように主張することができます。これが「検索の抗弁」です。

連帯保証人はこのような主張をすることができず,主債務者に資力があっても必ず返済しなければなりません。

2020年の民法改正の注意点

2020年の民法改正により、連帯保証人制度で責任限度額の設定が義務付けられるようになります。

医療費について連帯保証人をとる場合,責任限度額を書面で定めなければ,保証契約の効力が生じないので注意しましょう。

医療費未払金の時効

民法170条1項より3年ですが、先に書いた2020年の民法改正で5年に変更されます。

内容証明郵便と時効

また、内容証明郵便で医療費を請求した場合、民法上の時効を過ぎても内容証明郵便が届いたあと6ヶ月は時効になりません。ただし、これは1度だけ有効です。

時効の延長

債務名義を得ることができれば、10年間時効が延長されます。

債務名義にあたるもの
民事調停 調停調書
裁判所からの支払督促 仮執行宣言付支払督促
訴訟 確定判決や仮執行宣言付判決など

時効の中断

強制執行による差押えや、その前段階の仮差押え、仮処分については、裁判所の指定する期間のみ時効を中断できます。

差押えでは債務名義は必要ですが、仮差押え、仮処分について債務名義は不要です。

時効を過ぎた場合は債務承認

医療費未払い患者が債務確認書や債務承諾書などの書類作成に応じたり、一部を返済したり、猶予を申し入れた場合を債務承認と言います。

債務承認については時効経過が振り出しに戻ることになりますが、時効経過に関わらず適用されます。つまり、時効を過ぎた場合でも有効です。

医療費未払い患者に診療拒否できるか?

医療費を支払わない問題患者には診療を拒否したいところ。しかし、医師には医師法で定められた応招義務があります。

正当な理由があれば診療拒否しても応召義務違反にならないとされているものの、医療費の未払いは原則正当な理由とはみなされません。

つまり、基本的には医療費の未払いを理由に診療を拒むことはできません。

しかし、モンスターペイシェントのような患者に対し、無償の愛の精神で尽くさないといけないかと言えばそれは理不尽です。

基本的には支払能力があるにもかかわらず、悪意を持ってあえて支払わない場合等に診療拒否しても応召義務違反にならないとされています。

特に上記のようなステップで再三の支払催促に応じないようなときに、診療を拒否しても応召義務違反とはならないでしょう。

また、歯科や美容整形外科などに多い自由診療についても、支払えないなら治療を拒否することは当然問題ありません。

ただし、心筋梗塞や脳卒中など、重篤で急な対応を要する場合に診療拒否できるか、と言われれば、それは不可能でしょう。

なお、応召義務については、次の記事で詳しく書かれていますので、そちらを併せてご覧ください。

【関連記事】診療拒否できる? できない? 医師が知っておくべき応召義務5つのポイント

【まとめ】医療費の未払金問題は早めに対応を

以上、医療費(診療報酬)の未払いが起きた時の回収方法、未然の対策、時効、診療拒否による応招義務違反の有無についてお伝えしました。

医療費の未払いが積み重なると、医院経営に悪影響が及ぶ可能性がありますし、未払金の回収の時効は原則3年です。(2020年以降は5年)

未払金が発生しないような対策はもちろん、未払金が発生したら確実に回収できるように、早めに対応していきましょう。

ご相談・お問い合わせ

お問い合わせはこちらから

                       

こちらの記事を読んだあなたへのオススメ