はじめに

医院・クリニックの院長先生が引退する場合は、親族や副院長など後継者を探しますが、必ずしも後継者がいるわけではありません。

じつは帝国データバンクの調査で、8~9割が後継者不在というデータがあります。後継者不在で困っている開業医の先生は想像以上に多いということ。

後継者不在の場合は、M&Aか廃院を選ぶことになります。(M&Aも廃院も個人医院と医療法人ではスキームは異なる)

後継者不在の場合、これまでは廃院することが多かったのですが、売り手・買い手双方にメリットの多いM&Aを選ぶケースが増えています。

医院・クリニックのM&Aや廃院のメリット・デメリット比較

後継者不在の場合、M&Aを選択するケースが増えてきているのは必然的な流れです。

というのも結論から言うと廃院よりもM&Aが断然良いからです。

多くを検討することなく早々と廃院を決められるクリニックが多いですが、廃院は第三者への承継も決まらない場合の最後の手段です。

後継者不在が明確な場合は、基本的にはM&Aを念頭に置いたほうがいいでしょう。

というのも、廃院となると、廃院コストはかかるし、地域医療への影響も大きくなります。

具体的に廃院とM&Aのメリット・デメリットについてまとめます。

廃院M&A(売り手)M&A(買い手)
メリット・自分の希望のタイミングで引退できる
・後継者探しが不要
【個人&医療法人】
・廃院コスト不要
・譲渡益(営業権含む)が得られる
・地域医療の継続
・従業員の解雇不要
・資金繰り問題の解決
・経営から退き、医師を続けることが可能
【個人&医療法人】
・新規開業より開業資金が安い
・開業準備期間の短縮
・患者を引き継げるので、事業が軌道に乗りやすい
・従業員の人材確保
・事業や診療圏の拡大
・金融機関の融資を受けやすい
・医師会に入会しやすい
【医療法人のみ】
・医療法人に不動産を賃貸していれば家賃収入が得られる
・税法上の繰越欠損を引き継げる
【医療法人のみ】
・持分ありの医療法人を引き継げる
デメリット・廃院コストがかかる
・地域診療が失われる
・患者に転院先の紹介が必要
・従業員が失職
・後継者とのマッチングの検討が必要
・準備期間が必要
・好きなタイミングで辞められない
・譲渡益に税金がかかる
 【個人&医療法人】
・売り手とのマッチングの検討が必要
・内装や医療機器を自由に選べない
・医療機器の耐用年数が少ない場合もある
【医療法人のみ】
・資産だけでなく負債も引き継いでしまう
・税務調査も引き継ぐ
・承継前の損害賠償責任を負う可能性

これだけ見ても、廃院よりもM&Aのほうがメリットが多いのがわかると思います。

手っ取り早く個人医院の廃院や医療法人の解散を考えるにしても、案外手続きが複雑だったりします。(特に医療法人の場合)

廃院コストについては、建物の取り壊し、医療機器や廃棄物の処分費用、法手続きに関わる費用、債務の清算など。

開業医によっては廃院コストが1,000万円を超えるケースも出てきます。

M&Aであれば営業権を含んだ譲渡益を得ることができます。どちらが良いかは明白でしょう。(ただし譲渡益には税金がかかるので注意です)

また患者の引継ぎなどの地域医療への影響や、従業員の継続雇用も見逃せない要素です。

それでいて、買い手にとっては、新規開業にかけるお金と時間を大幅に短縮できるわけです。

後継者不在、さらに早期にリタイアしたい場合はM&Aを念頭に、事前準備しておきましょう。

【個人医院&医療法人共通】M&Aの8つの注意点

医院・クリニックのM&Aは、一般企業のM&Aよりはるかに手続きが大変と言われています。

さらに医療機関という行政の許認可ビジネスならではの特異性や難しさもあります。

また、個人の医院と医療法人、医療法人でも旧法(持分あり医療法人)と新法(持分なし医療法人)でスキームがまったく違います。

医院・クリニックのM&Aは、医療、法律(医療法)、税務、労務など様々な高度な知識が必要になります。

それでいてM&Aには売り手と買い手の交渉も必要になってきます。

このあたりがクリアできずに、M&Aが白紙になり廃院を余儀なくされることもあるので注意が必要です。

売り手側も買い手側も医業に強い専門家に依頼する

つまり、医院・クリニックのM&Aを成功させるには、医業に強い専門家であることが必須条件と思われます。

医院・クリニックのM&Aは医療法などの医療機関独特の専門知識が不足していると、M&Aが認められないことがあります。

また、M&Aは売り手と買い手双方の合意によって成り立ちます。

つまり、片方だけ医業に強い専門家であってもだめで、売り手と買い手両方について、医業の専門家である必要があります。

どちらかが医業分野の経験が少ないと、M&Aが白紙になってしまうことがあります。

また売り手と買い手、どちらかだけ医業に強い場合は、交渉の際に大きなハンデになることがあります。

売り手も買い手もwin-winの状態でM&Aを進めるには、必ず両者とも医院・クリニックのM&Aに強い専門家に依頼する必要があります。

後継者不在が明らかなら早めにM&Aの準備をする

後継者不在が明らかであれば、早めにM&Aの準備に着手し、上記の専門家に依頼するのが一番です。

M&Aはベストなタイミングを見極める必要があります。

例えば「◯歳で引退したい」「借入金の返済が終わったときに売却したい」「収益がピークのときに売却したい」といったものです。

しかし、M&Aは退職金や資金調達、患者の引き継ぎ、労務の引き継ぎと様々なことが問題になり、事前準備が欠かせません。

M&Aにかかる期間は1~2年と言われていますが、より早い段階で準備していくのがベストです。

売り手だけでなく、買い手にもM&Aのベストタイミングがある

もうひとつ忘れてはいけないのは、売り手だけでなく、買い手にもベストなタイミングがあるということです。

買い手にとっては、当然求める条件にできるだけ合致しているクリニックを承継したいと考えるはずです。

具体的に言えば固定の患者がたくさんいるクリニック、勤務態度を含めたスタッフの充実度、他の医療機関との連携などです。

逆に、医療法人であれば過去に医療事故を起こして訴訟中だったり、巨額の負債を抱えていれば、M&Aは成立しづらいでしょう。

そこまで最悪の状態でなくとも、このベストタイミングを逃してしまうと、結局やむを得ず廃院を選ぶことになりかねません。

M&Aのベストタイミングは、なかなか開業医の先生個人では判断できるものではありません。

上記の信頼できる専門家のアドバイスを聞くのが良いでしょう。

そういう意味では、クリニックの価値を高められる専門家を見つけることも重要です。

「自分のクリニックを承継するとこんなメリットがあるよ」というセールスポイントはM&Aをスムーズにするうえでは重要です。

患者の引継ぎ期間は長めに

M&Aは患者をそのまま引き継ぐことができ、買い手にとっては事業を軌道に乗せやすいというメリットがあります。

しかし、この患者の引き継ぎ方が重要です。

この引き継ぎのときに休診期間が長いと、患者さんが他の病院に流れることになり、M&Aのメリットを享受できないことになります。

おすすめはM&Aを挟んで前後1年くらい、休診することなく売り手と買い手両方の院長が同じ医院・クリニックで働きながら引き継ぐことです。

こうすることで、患者さんも院長先生が交代しても違和感なく通院でき、患者さんの流出を防ぐことができます。

医院・クリニックの営業権の価額

M&Aにおいて譲渡価格は、売り手と買い手の交渉では、とても重要なポイントになりますが、この譲渡価格に営業権も含まれることを忘れてはいけません。

買い手の先生がM&Aで得たいのは、新規開業に伴うお金と時間の削減です。

新規開業して、一から地元患者の信頼を得て集患していく手間を考えれば、最初から患者のいるM&Aは魅力的です。

評判が良くて固定の患者が多いクリニックのM&Aであれば、その価値はさらに高くなります。

このようなメリットを金銭的価値で評価したのが営業権(=のれん代)です。

営業権の算出基準の一例には、診療報酬、キャッシュフロー、純資産などがありますが、クリニックのM&Aでは相場観が形成されていないのが実情です。

また、不動産のように公的な尺度はないので、営業権を妥当な金額に置き換えて買い手の先生に納得してもらうのは容易ではありません。

しかし、十分に実績もあり評判も良いクリニックが、営業権の価値を売らないのはもったいないことです。

営業権の価値を正しく算定してくれる専門家を見つけることが必要です。

繰り返しますが、それだけ医院・クリニック専門でM&Aに長けている人というのは重要なのです。

早めに資産の整理や財務内容の改善に着手する

医院・クリニックのM&Aを成功させるには、クリニックの財務をすっきりさせることも必要です。

当然、買い手の立場になって考えれば、財務内容をしっかり把握できていないクリニックを承継するのは嫌なはずです。

特に個人の開業医の先生で多いのが、個人とクリニックの資産が曖昧になっていることです。

自宅、自家用車、ゴルフ会員権、リゾート施設会員権といった事業に関係のない資産がクリニックの資産として組み込まれていることは多いです。

これらについては、買い手の院長先生が不要といえば、譲渡価格に含めることはできません。

このように不要な経費や資産が財務諸表に混在していると経営の実態が見えづらく、M&Aがスムーズに進みません。

事業に関係のない資産は原則として売却をします。医療法人であれば、退職金の一部として現物支給を受ける形で処理もできます。

そして同時に事業関連資産の整理も必要です。M&Aを控えているのに、余分な医療機器等の購入やリース契約は極力控えましょう。

従業員の継続雇用

廃院と違ってM&Aは売り手にとっては従業員を解雇しなくてよく、買い手にとっては、新規採用なく人材を確保できることになります。

これはM&Aの代表的なメリットの1つで、従業員を継続雇用しようというのは自然の流れと言えます。

継続雇用とはいえ、正式には全従業員が売り手の旧クリニックを退職し、買い手の院長が新規採用することになります。

一見形式的なことに見えますが、つまり買い手の新クリニックの院長先生は、旧クリニックとは違う形で雇用契約できることになります。

当然、雇用契約ががらりと変わり、給与が激減したとなれば、従業員の退職も考えられます。

このようなことがないように、既存の顧問契約書や就業規則をベースに、変更点と変更しない点をすり合わせたるべきです。

それに、形式上は旧クリニックを退職するのですから、退職金の支払いも争点になります。

まず、中小企業退職金共済制度(中退共)を利用していれば話は別ですが、そうでない場合は、選択肢は2つです。

「退職金を支払う」もしくは「将来の退職金支払いを債務として、クリニックの売買代金から差し引く」か。

債務とする場合には、退職給与引当金が計上していれば、その額。そうでなければ、現時点での退職金相当額はいくらなのかについて、退職金規定から計算するなど明確な根拠が必要になります。

人事労務の改善を図る

医療業界は労務の問題を多く抱えています。

少し古いデータですが、2011年の「労働基準監督年報」で、医療・介護業界の約8割が労働関連法規違反があったことがわかっています。

具体的には、残業代の未払い、長時間労働、有給休暇拒否、パワハラやセクハラなどが発覚しています。

このような従業員との承継前の労務トラブルは、当然M&Aでは買い手は嫌がります。

特に医療法人の場合、承継後に労務トラブルの火種が表面化しても、対応しなくてはいけないのは新院長です。

承継前の給料未払いや、不当解雇の解決金、セクハラやパワハラの損害賠償額などが代表的なものですが、年々この件数は増えています。

また、個人医院と医療法人に関係なく、労務トラブルの噂は、すぐに地域に広がっていきます。

「あの病院はブラックらしい」みたいな類の噂です。

そんな噂が立てば、看護師やスタッフの新規採用はうまくいかないでしょうし、悪い噂が広がれば集患にも影響します。

そして、このようなクリニックは本当に人間関係が悪く、職場の雰囲気がギスギスしています。

なので労務に直接関わるトラブルでなくとも、スタッフ間の小さなトラブルは起きたりしています。

いつ大量離職が起こってもおかしくないようなクリニックを承継したい先生はほとんどいないはずです。

M&Aに限らず労務の改善は重要な課題ですが、M&Aに限ったことを言えば労務の改善なくしてM&Aはスムーズにいきません。

また、話は変わりますがM&Aのときの労働保険や社会保険などの労働関係の諸手続きは非常に複雑です。

また、先にも書いた就業規則や給与規定などの見直しも、法律上の問題がないか確認していく必要があります。

こういった労務に関することは、M&A前に信頼できる社会保険労務士にサポートを受けて解決していきましょう。

まとめ

以上、後継者不在の医院・クリニックの廃院とM&Aのメリット、デメリット比較、そしてM&Aの注意点(個人&医療法人共通)について書きました。

メリット・デメリットを考えても、後継者不在が明確な場合や早期リタイアを考えたい場合は、積極的にM&Aを検討したいところです。

廃院はM&Aがスムーズに進まずに破談になった場合の最後の手段です。

注意点のところを読んでいただいてわかったと思いますが、M&Aは多くの準備が必要で、しかも早い段階で準備することが非常に重要になります。

この準備を怠ってしまうと、なかなか承継先が決まらず、個人医院の廃院や医療法人の解散に繋がるので注意が必要です。

なお、個人医院と医療法人では、M&Aのスキームはかなり違ってくるので、詳しくはこちらの記事をご覧ください。

【個人医院のM&A】
個人開業の医院・クリニック事業承継(M&A)3つの注意点
【医療法人のM&A】
医療法人M&Aの5つのポイント(持分ありと持分なし)

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