Contents
はじめに
開業医の先生にとって、スタッフとの関係は大きな悩みごとの1つです。
特に悩むのが、業務についてこれないスタッフや、組織に馴染まないスタッフです。
このようなスタッフには、退職を勧めたいとお考えになることもあるでしょう。
これが、「退職勧奨」です。
一方的に労働契約を解除する「解雇」に比べ、本人の同意が前提となる「退職勧奨」は、トラブルになるリスクは低いと思われます。
しかし、退職勧奨はなかなか思い切ってできることではなく、慎重にならざるを得ません。
「解雇」よりトラブルのリスクは低いとはいえ、一歩間違えると悪影響が大きくなります。
「どうしても辞めてほしい」スタッフがいる先生は、ぜひこの記事を読んでいただければと思います。
医院・クリニックのスタッフが辞める悪影響
スタッフが辞めることは、ただでさえ医院・クリニックの経営に大きな負担を強いることになります。
まず、代わりのスタッフの採用や研修のための人件費がかさみます。
また、患者さんと良い関係を築いていたスタッフが退職するとなると、その影響で患者さんが減ることもあります。
このように、医院・クリニックの退職は様々な悪影響が出てきます。
そして、退職勧奨は、やり方を間違えると、さらに良くないことが起きてしまいます。
よくある退職勧奨の失敗例
ここで、よくある退職勧奨の失敗例についてお伝えします。
とある、それなりに患者さんも多く来ていて、繁盛していた医院の話です。
その医院では、看護師が常勤2名、非常勤が2名の4名体制で働いていました。
しかし、常勤看護師のうちの1人が、勤務態度にかなり問題のある人でした。
採血や書類整理など、仕事はとても早くて正確なのですが、性格がかなりネガティブ。
患者さんの悪口を言ってみたり、院長に対する愚痴、他の部署に対する不満…、このようなネガティブな話を延々とするのです。
これでは一緒に働いては嫌になります。ついに、もう1人の常勤の看護師は、嫌気がさして辞めてしまいました。
代わりに採用した看護師も、その看護師のネガティブ話にプチうつ状態になってすぐに退職。
しかも、その問題のある看護師はずっと居残り、むしろ古参となって幅をきかせてしまいます。
その看護師の悪口や愚痴は、本当かどうかはわかりません。単なる被害妄想や思い込みの可能性も高いです。
しかし、あることないことを言いふらすため、医院全体に疑心暗鬼が蔓延し、暗い雰囲気になってしまいました。
この間、院長先生が問題を放置していたかと言えば、そうではありません。
定期的に、この問題看護師と面談し、悩みや問題点を話し合うようなことをしてきましたが、一向に改善しないまま、時間ばかりが過ぎていきます。
「もう我慢できない」
そう考えた先生は、その問題看護師に退職勧奨を行うことにしました。
この看護師の勤務態度で、これまで何人かの退職を招いたことを考えれば、当然の選択と言えます。
むしろ、退職勧奨を行うのが遅かったくらいではないでしょうか。
しかし、この医院の先生、この退職勧奨のやり方がまずかったです。
どうしたかと言えば、問題点を糾弾し「もうこれ以上耐えられない。辞めてくれ」とストレートに言ってしまったのです。
今まで何回か院長先生と話し合いの場を設けていたとはいえ、いきなりこんなことを言われたらびっくりするでしょう。
本人はショックを受けて泣き出してしまい、他のスタッフにいかにひどいことをされたかを言いふらします。
その看護師が得意とする悪口や不満ですが、泣きながら話すわけですから、他のスタッフもびっくりします。
その看護師は、すでにこの医院では幅を利かせていましたから、院長vsスタッフといった図式ができてしまいました。
さらに、その看護師に同情した他のスタッフが労働組合に駆け込み、大変な問題に発展してしまいました。
結果的に、その医院は1人のスタッフを残して、問題看護士以外のスタッフまで、みんな退職してしまいました。
半ばクーデターのような形で大量離職した医院は、一気に人材不足に陥り、さらに医院内の雰囲気も悪いまま。
このような状態ですから、医院の評判も落ちてしまい、新たなスタッフの採用も苦戦しています。
成功する退職勧奨5つのコツ
この医院の先生は、1人の看護師への退職勧奨の失敗が大きな問題に発展し、大量離職を招いてしまいました。
この問題のあるスタッフにどれだけ同情の余地があるか疑問ですが、いきなり「辞めてくれ」と言われれば、誰でもショックを受けます。
しかも、理由が「一緒にやっていけない」「もう耐えられない」「おまえはどうしようもない」というわけです。
このような人格否定と受け取られるような発言は禁物です。
それでは、逆に成功する退職勧奨とはどのようなものでしょうか?
退職勧奨がうまくいくコツについて、お伝えしていきたいと思います。
うまくいく退職勧奨の話し方
まず、うまくいく退職勧奨の話し方や言い方についてです。
まず、本人に問題点を自覚させることです。
先の医院の先生は、これがなかったのです。
退職勧奨する前から、話し合いの場は持っていたのですが、本人に問題点を自覚させるには至りませんでした。
何が問題で、それにより、医院にどんな影響があるのかを、客観的に整理して正しく伝える。
先の医院の先生がやるべきことは、それだったのです。
これは退職勧奨の前からやっておくことが必要になります。
こまめに言って、問題点を自覚させるのです。
「このままでは辞めさせられるかもしれない」という心の準備もさせておきます。
最初から退職ありきで話をしないことです。
どうしても退職勧奨せざるを得なくなった場合でも、本人が問題点を自覚することで、トラブルに発展する可能性は低くなります。
伝え方の工夫も必要です。
退職勧奨する場合は、「がんばってくれたが」とか「早く仕事を処理してくれて助かっている」とか、前置きを入れるようにします。
先の医院の先生は、これもありませんでした。
いきなり、頭ごなしに「もうやってられない!」と言ってしまったのです。
これはショックを受けるでしょう。
退職勧奨前に、全員と個人面談をする
問題スタッフの仕事ぶりや言動は、果たして問題スタッフだけの問題でしょうか?
他のスタッフにも共通することはないでしょうか?
これも退職勧奨前に行うことですが、この共通する問題点について、全員と個人面談をするのも一つの手です。
そうすることで、問題児になっているスタッフの問題点を、全員の問題として捉え、整理して改善要望を伝えるのです。
そうすることで、個人を特定して攻撃していると捉えられることは少なくなります。
本人の性格や人間性について、触れなくても良くなるからです。
それで、しばらく様子を見ることにします。
問題のあるスタッフの対応は、医院全体の雰囲気に影響があるため、早めに解決したくなりますが、焦りは禁物です。
退職勧奨するスタッフの問題行為を記録しておく
いざ、問題のあるスタッフに退職勧奨する際は口でいろいろ言うより、実際に書いたものを見せたほうが説得力があります。
だから、退職勧奨のもう1つの方法として、問題点や指導内容、改善内容について記録しておくことをおすすめします。
これはPCで日々打ち込んでいってもいいですし、ノートに書き留めていっても構いません。
一番早いのは、問題行動を起こしたときに始末書を取ることでしょう。
これは、就業規則でいうところの「戒告」に当たる範囲です。
処分の対象となる行為を具体的に規定しておけば、始末書を取ることができます。
始末書は退職勧奨の根拠として、かなり説得力があります。
退職勧奨したいスタッフに、書面で業務改善要求
退職勧奨する前に、スタッフの問題行動を改善してもらう、もうひとつの手があります。
それが、書面で業務改善要求をすることです。
これも、やはり口で言うよりは説得力があります。
特に、ここ数ヶ月間で問題の改善が見られないことに対してリスト化するのです。
口で言われることと、このように書面で具体的に提示される。
どちらが問題スタッフに、問題点を自覚させることができるでしょうか。
口で言って効果がなければ暴力を…では問題になるので、書面で改善要求を出すようにしましょう。
退職勧奨したいスタッフほど、感情的に怒りたくなりますが、そこを堪えて理詰めで業務改善要求していきましょう。
最大の問題点は、医院の仕事や人間関係が合わないことかも…
他の会社組織と同様、医院・クリニックでも、人によって合う人や合わない人がいます。
問題行動を起こすスタッフは、なぜ問題を起こすのでしょうか?トラブルを招くのでしょうか?
おそらく医院で働いていて、どこか不幸な気持ちになっていたからだと思います。
つまり、そもそも、先生の医院の仕事や人間関係が合わなかった可能性が高いのです。
相性は人それぞれです。
人によって合う、合わないがあるのは当然のことです。
そういう場合は辞めてもらい他の医院・クリニックで働いてもらうほうが、お互いにとって幸せな選択になります。
退職勧奨する際、伝えておくべきことは、まさにこのことです。
今まで始末書や書面での業務改善要求を証拠に、退職勧奨する際も、決して問題スタッフの人格を否定する言い方はだめです。
問題スタッフだけに、否定したくなる気持ちもわかります。
しかし、伝えなければいけないのは、「他にあなたに合う職場があるかもしれない」ということです。
間違っても、「おまえはどこに行ってもだめだ!」なんてことを言ってはいけません。
あくまでも、問題スタッフの仕事や能力を認めたうえで、話し合いを進めたほうがトラブルはなくなります。
まとめ
今回は、医院・クリニックの問題スタッフの退職勧奨という、少し重い話題でした。
(1)問題点を糾弾し、ストレートに「辞めてくれ」と伝えるのはNG。トラブルのもとになる。
(2)うまくいく退職勧奨のコツとしては、
・問題スタッフに問題点を自覚させる
・全員に共通する問題点について、全員と個別面談する
・問題行為を記録したり、書面で業務改善要求。口で言ってわからなければ書面で。
・退職勧奨する際は、「他の医院・クリニックの方が合っているかも」という旨を伝えるようにする
・決して人格否定するような言い方をしてはならない
退職勧奨したいスタッフは、つい憎悪の気持ちから感情的に怒ったりしたくなります。
しかし、感情をぶつけ合ったところで医院内の雰囲気は、さらにドロドロするだけです。
なるべく、理詰めでスタッフに業務改善要求し、それでもだめだったら退職勧奨するようにしましょう。
ご相談・お問い合わせ

- 亀井 隆弘
社労士法人テラス代表 社会保険労務士
広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。
こちらの記事を読んだあなたへのオススメ
