はじめに

病院やクリニックにとって、医療過誤(医療ミス)や医療事故は避けたいところです。

しかし2017年の医療事故情報収集等事業報告書によれば、報告義務のある276医療機関のうち、医療過誤を含む医療事故は3,598件発生していました。(そのうち8%は死亡)

これは1医療機関で、月に1回以上医療事故が発生している計算になり、医療過誤や医療事故はかなり身近であることがわかります。

では、医療過誤の典型的な事例には、どのようなものがあるのでしょうか?そして医療過誤の防止策には、どのようなものがあるのでしょうか?

急病なのに誤診で症状を見落として死亡

医療過誤の事例でたまに見るのが、誤診によって症状を見落として帰宅させてしまい死亡したケースです。

あるサラリーマンの方が、突然胸痛、背部痛を覚え、すぐに近くの病院に診察しに行きました。

そのときに担当した当直医は、症状から心筋梗塞か大動脈解離を疑い、心電図、胸部レントゲン、胸腹部造影CT、血液検査を行いました。

しかし各検査の結果、心筋梗塞とも大動脈解離とも判断されませんでした。

唯一、心電図検査の波形には異常が見られたのですが、心筋梗塞に特徴的な波形が見られなかったといいます。

そして緊急性がないと判断し、男性を帰宅させました。男性は帰宅後も痛みを我慢していたといいます。

翌朝、家族が男性を起こしに行くと、すでに亡くなっていました。解剖の結果、死因は急性心筋梗塞でした。

また、男性は病院に受診したときは、不安定狭心症という、心筋梗塞の一歩手前だったことがわかりました。

これは、先の心電図の波形から明らかだったのですが、当直医の専門は外科で、そこまで見抜けなかったのです。

心筋梗塞は、何も意識不明で救急車で運ばれるだけではありません。

「胸が痛い」と病院に行き、そこで心筋梗塞と診断されることもあります。

心筋梗塞は救急車で運ばれる途中で亡くなるケースが多く、病院到着後の死亡率は10%未満とされています。

この男性も自力で病院に行ったわけですから、誤診がなければ循環器科の病院に転院し、助かった可能性が高かったのです。

病院側が過失を認めたのもあり、医療訴訟には発展せずに示談が成立しています。

心筋梗塞や脳卒中など緊急の治療を要するケースでは、誤診によって治療を遅らせてしまい、手遅れになるケースがあるようです。

このケースでは、当直医が外科医で循環器科は専門外だったのが一番の原因でした。

しかし心電図に異常があった時点で、自分で判断せずにすぐに循環器科に転院させれば助かった可能性が高いでしょう。

また、この男性は帰宅後に我慢せずに救急車を呼んでいれば助かった可能性もありますが、結局我慢して翌朝自宅で亡くなってしまいました。

このように、患者さんは結構症状を我慢してしまう傾向があります。

これは診察時にも同じことが言えて、患者さんはどこか遠慮がちに症状を先生に伝えがちです。

じつは重大な症状が隠されていることもあるので、今の症状だけでなく日頃の典型的症状も聞き出した方が良いです。

そして、ちょっとでも疑わしければ専門の医院で受診するように勧める。もしくは転院させる。

このようなことが徹底されていれば、このようなケースは減らすことができるでしょう。

がんを見落として死亡

このような誤診による医療過誤は心筋梗塞などの急病だけではありません。

がんの場合、誤診により発見が遅れ、手遅れになるケースがあったりします。

どちらかというと、開業医の先生よりは大病院に多いケースですが、医療過誤の判例としてはかなり多いです。

しかも、立て続けに何件も判明するという事例が多い印象です。

例えば千葉大学病院では、担当医がCTなどの画像診断報告書の内容を見落とすなどして、2人が死亡したことが判明しています。

誤診によりがんの発見が遅れたのは、判明しただけで9名いたといいます。

その他同じ時期に、兵庫県立がんセンター、横浜市立大の2病院でも発覚しています。

どれも、先に書いたように画像診断の専門医による報告書の記載を、主治医が見落としたのが多かったといいます。

いや、見落としたのではなく、報告書を見ていない。そういったことも多いといいます。

じつは、このような報告書を見ていないケースはかなり多いのです。

主治医が画像を見て自ら診断しているということなのでしょうが、過信は禁物です。

無痛分娩による医療過誤で死亡

出産時の陣痛は「手指の切断」に匹敵するとか、「鼻からスイカを出すようなもの」と表現されることがあります。

それほど陣痛は男性には想像もできないくらいの激痛が伴うものですが、最近ニーズが高いのが無痛分娩です。

日本では、まだ無痛分娩の割合は全分娩の5%ですが、欧米ではさらに発達しており、アメリカは60%、フランスでは80%とされています。

しかし、その無痛分娩で重大な医療過誤が起きています。

まずは2011年の京都府京田辺市にある「ふるき産婦人科」(現在は閉院)のケースです。

無痛分娩でお産が進まず帝王切開したものの、生まれた子に脳性麻痺など重い障害が残り、3歳で死亡しました。

この産婦人科医は、合理的な理由なく多量の陣痛促進剤や高濃度の麻酔薬を投与したり、麻酔薬を投与する前に分娩監視装置を外したことが問題となりました。

夫婦は院長に約1億円の損害賠償を求め、2018年に7400万円の和解金を支払うことで決着しています。

この「ふるき産婦人科」では2012年にも無痛分娩の麻酔を受けた女性の容体が急変し、帝王切開するも母子に重い障害が残った事故が起きています。

関西地区では、他にも無痛分娩による医療過誤が発覚しています。

2015年8月には神戸市中央区の「母と子の上田病院」で無痛分娩をした女性が大量出血。約1年後に死亡。

2015年9月には、神戸市西区の「おかざきマタニティクリニック」で無痛分娩を受けた女性が麻酔直後に体調が悪化。

麻酔が脊髄の中心近くに達し、呼吸できなくなり、帝王切開で生まれた子供とともに重い障害を負います。

その後、女性は低脳酸素脳症が原因の多臓器不全で亡くなっています。

2017年1月には、大阪府和泉市の「老木レディスクリニック」で無痛分娩を受けた女性が搬送先の病院で約10日後に死亡しています。

遺族は刑事告訴しましたが、産婦人科の院長は嫌疑不十分で不起訴となりました。(遺族は処分を不服として、検査審議会に審査を求める方針)

この相次ぐ無痛分娩の医療過誤の発覚で、問題となったのが産婦人科の体制です。

多くの小さな産婦人科のクリニックでは、麻酔から分娩に至るまで1人の産婦人科医と助産師が行っています。

実際に先に書いたふるき産婦人科では、そのような体制にも関わらず、24時間無痛分娩に対応すると謳っていました。

しかし、これはかなり綱渡りの医療と言えます。トラブルが起きても、緊急事態に対応することが難しくなるのです。

無痛分娩では、麻酔以外にも陣痛促進剤によるコントロールなど、1人の産婦人科医と助産師だけでは対応するのは困難です。

無痛分娩を行うのであれば、緊急事態に対応できる体制が必須と言えるでしょう。

気管切開後の窒息死

入院中に気管切開を受けた患者が、喉に痰を詰まらせて窒息死するケースはとても多いです。

気管カニューレを装着すると、痰の出ない人でも痰が増えます。また、空気が鼻を通らないので痰が硬くなります。

高粘性の痰は吸引してもうまく吸い上げることができず、その結果痰が排出されないまま溜まり続けます。

そしてその痰が気管カニューレを詰まらせて窒息する危険があることは知られています。

そのため、ネブライザーで加湿して痰を柔らかくしたり、気管支鏡で除去したりします。

しかし、医師や看護師の認識不足から適切な呼吸管理が行われず、窒息事故が後を立たないのです。

このような窒息により死亡した、70代後半の男性の事例を紹介します。

頸部膿瘍のため、耳鼻咽頭科で膿を出す手術を受けたのですが、手術部位が腫れて気道が狭くなる恐れがあるため、気管カニューレを挿入したのです。

術後の経過は順調でしたが、ある日、その男性患者が気管カニューレで窒息しそうになります。

家族が看護師に医師を呼ぶように頼んだものの、「もう帰りました」「先生の許可がないと救命救急医は呼べない」と言って、医師を呼ぼうとしません。

家族は何度も頼むのですが、看護師は「先生に連絡したら痰を取れば大丈夫と言われた」と言って終わりです。

じつは、その看護師は医師を呼んでなかったことが後に発覚します

再度、看護師が痰吸引を開始したのですが、患者は苦しみだし、やがて意識を失いました。

そこで初めて医師を呼ぶのですが、すでに心肺停止状態で、その患者は低酸素脳症で1ヶ月後に亡くなりました。

この医療過誤は、様々なミスがあとで発覚するのですが、一番問題だったのは、看護師がすぐに医師を呼ばなかったことです。

医師を呼べば、確実に救えた命でした。

また、気道切開後の窒息事故のケースは多いのに、痰吸引の重要性を認識していない看護師も多いと言われています。

この看護師も、もしかしたら痰吸引の重要性を認識していなかったため、すぐに医師を呼ばなかったのかもしれません。

ですから、医師はこの重要性を認識するのはもちろん、看護師にも十分教育することが重要です。

まとめ

ここでは、代表的な医療過誤の死亡事例について紹介しました。

冒頭でお話したとおり、医療過誤を含む医療事故は1医療機関で1件くらいの割合で起きています。

しかし、ここで紹介した死亡事例は、医療技術不足による医療過誤だけではないことがわかります。

  1. 専門の医院に転院させていれば助かっていた
  2. 体制がそもそも緊急事態に対応できない
  3. 看護師がすぐに医師を呼んでいれば助かっていた

など、医師同士、医師~看護師間の連携やコミュニケーションがしっかり取れていれば、防げたようなケースも多いのです。

また、こういった医師や看護師の対応は患者や家族も見ており、医院・クリニック全体の信用にも関わります。

医療技術向上も大事ですが、病院やクリニック内のコミュニケーションや教育を改善することで、医療過誤は防げるかもしれません。

ご相談・お問い合わせ

お問い合わせはこちらから

この記事の執筆・監修はこの人!
プロフィール
笠浪 真

税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢42人(R2年4月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

                       

こちらの記事を読んだあなたへのオススメ