はじめに

現役開業医の3割近くの貯蓄額が4,000万円以上と言われています。開業医の平均年収は2,500万円と言われていますから、さほど驚く数字ではないかと思います。

しかも現役開業医の場合ですから、開業医の先生がリタイアしたあとの預貯金は相当額ではないかと思われます。

開業医の先生が亡くなった場合、遺産相続ではクリニック等の不動産だけでなく、もちろん普通預金・定期預金・外貨預金と言った現金もあります。

そうなってくると、被相続人の預貯金の払戻しが必要になりますが、2016年12月19日の最高裁大法廷にて、次のことが決定されました。

『普通預金債権等が相続の開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象になる』

これは被相続人が亡くなった場合、預貯金は遺産分割協議をし、相続人全員の合意がなければ払戻しができないということです。

この判決は相続問題にどのような影響をもたらしたのでしょうか?詳しく解説します。

【当然分割】預貯金の従来の考え方とは?

これまで被相続人が亡くなって預貯金が相続される場合、冒頭の判決が出る前の解釈は「相続の開始と同時に、当然に共同相続人間で相続分に応じて分割される」というものでした。

つまり、これまでは被相続人が預金を残して亡くなった場合、法律上は払戻請求をすれば相続人はすぐに払戻しを受けることができたのです。

特に相続人の間で話し合う必要はありません。このような考え方を当然分割と言います。

しかし、これはあくまで法律上の話で、金融機関の考え方は少し違うものでした。

一方で従来の金融機関の考え方は?

冒頭で延べた判決の話以前から、ほとんどの金融機関は、相続人全員の合意がなければ払戻請求に応じることは実質的にありませんでした。

つまり、相続人1人が単独で預貯金の払戻請求をしても、払戻しはされなかったのです。

なぜなら金融機関は、払戻請求を受けた相続について「遺言書が存在するのか」「相続の欠格事由がないか」などの情報を知ることはできません。

つまり、窓口に来た相続人が相当額を払い戻すのが妥当かどうかを判断できないのです。

それを曖昧なままにしていたら、銀行としては二重払いのリスクが出てくるわけです。ですから相続人全員の合意がなければ払戻しには応じていませんでした。

つまり、従来の遺産分割についての解釈は、実際の社会常識とは大きな隔たりがあったことになります。

判決後、金融機関は例外的な払戻しを認めないように

従来の金融機関の考え方でも、相続人全員の合意がなければ払戻請求には応じないものでしたが、以前は例外がありました。

・相続人が生活に困窮し、生活費や治療費を捻出しなければならない場合
・被相続人の葬儀費用・公共料金・相続税が多額で、被相続人の遺産がないと支払いきれない場合

このような場合、相続人全員の合意が得られず、遺産分割協議が進まなくても先に預貯金の払戻しを受けられないと困ってしまうからです。

その場合、事例としてはわずかですが例外的に預金の一部払戻しを認めてくれる金融機関もありました。

しかし、2016年12月19日の最高裁決定をきっかけに、このような例外を認めない傾向を強めています。

今後遺産分割協議が進まなければ、被相続人の預貯金が払い戻されることはないと思って良いでしょう。

被相続人の預貯金の払戻しに遺産分割協議が必要となった判決とは?

それでは2016年12月19日とはどういったものだったかをお伝えします。

この裁判では被相続人Aが3,800万円の預貯金を残して死亡したケースでした。この被相続人には、養子である相続人Xと、養子B(死亡)の子である相続人Yがいました。

※この事案では厳密には250万円相当の不動産も含まれていましたが、わかりやすくするために省略しています。

養子Bは被相続人Aの妹で、かつ養子です。被相続人が亡くなる10年前に亡くなっています。

通常で考えれば、相続人はXとYですから、3.800円×1/2=1,900万円が分配されるはずです。

しかし、相続人Yの特別受益として、Yの母である養子Bは被相続人Aから約5,500万円の生前贈与を受けていたのです。

つまり、相続人Xから見れば生前贈与があったので、預貯金を単純に分割されたら、不公平になるのです。

どういうことかというと、預貯金を遺産分割としない場合は、相続人Xの取得分は1,900万円、相続人Yの取得分は1,900万円+5,500万円=7,400万円になります。

しかし、預貯金を遺産分割の対象とする場合は被相続人Aの預貯金3,800万円はすべて相続人Xのものになり、相続人Yには特別受益5,500万円が残ります。

従来の判例を踏まえれば前者で相続人Xには不利な判決になります。実際に一審および原審では「預貯金は遺産分割の対象ではない」とされました。

しかし、最大決平成28年12月19日で従来の判例を変更し、後者の判決となったのです。

これにより特別受益や寄与分があった際に、寄与者などが具体的相続分に応じた遺産を確保しやすくなったと言えます。

【仮分割の仮処分】手元資金が必要な場合はどうすれば良いか?

普通預金の遺産分割において公平性が保たれるようになったのは良いのですが、上記のように手元に資金が必要になった場合に困ってしまいます。

実際に生活費や葬儀費用の捻出のため資金が至急必要になることもあるでしょう。ではどうするか?ということについてお伝えします。

仮分割の仮処分とは?

このような事態に検討する手続きが「遺産の仮分割の仮処分」という手続きです。

仮分割の仮処分とは、裁判所に対して緊急の資金の必要性がある事情を明らかにし、一部の預貯金について早急に払い戻せるようにすることです。

2016年12月19日の最高裁の判例が出されたことにより、銀行も例外的な払戻しを認めなくなりました。

ですから、今後仮分割の仮処分の手続きをする状況が増えてくるのではないかと思います。

仮分割の仮処分を利用すべき場合とは

①扶養を受けていた共同相続人の生活費や施設入所費用の支払いが早急に必要である場合
②葬儀費用や相続税などの支払いが必要な場合
③被相続人の医療費や被相続人の借金の支払いが必要な場合

上記いずれも、被相続人の遺産の預貯金がないとすぐに払えないような場合が前提となります。

仮分割の仮処分を申し立てるために必要なもの

上記①の場合は、仮分割を申し立てる人の収入資料(源泉徴収票や課税証明書、確定申告書、家計収支一覧表、預金通帳、陳述書など)

②③の場合は借金や費用についての明細資料、報告書など

仮分割の仮処分のデメリット

一見すると相続人に対する救済措置とも読み取れる仮分割の仮処分ですが、相続人にとっては裁判所の手続きの手間やコストのかかる話です。

できれば、被相続人の方で事前に一部現金化しておき、遺言書の作成や信託の利用による相続対策をしておくことが重要になるでしょう。

【改正相続法】一金融機関において最大150万円までは払戻し可能

もうひとつ重要な点が平成30年7月13日公布の改正相続法で、1金融機関あたり最大150万円まで払い戻しが可能になったことです。

これは仮分割の仮処分と違って、裁判所の判断を経ることなく、一定の範囲で遺産に含まれる預貯金債権を行使できるものです。

これにより、相続人の各種の資金需要に迅速に対応することが可能になりました。

具体的な払戻しができる額の計算式は以下のようになります。

【計算式】
払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金の額)×(3分の1)×(払戻しを求める相続人の法定相続分)

【事例】
例えば、A銀行の普通預金に600万円あった場合で、法定相続分が1/2の場合は、600万円×1/3×1/2=100万円の払戻を受けることができます。

払戻し金額の上限は150万円となりますが、これは1金融機関あたりの額です。

もし上記の例でB銀行に1,200万円の預金があった場合は1,200万円×1/3×1/2=200万円で、上限の150万円がさらに引き出し可能になります。

被相続人が銀行口座を多く持っていれば引き出せる額は多くなります。

【補足】海外預金の場合はどうする?

普通預金と言うと、国内の銀行だけでなく、海外の銀行もあります。

開業医の先生の場合は海外預金を持っている方も多いでしょう。海外の資産が絡む相続は国際相続と呼ばれます。

非相続人が日本国籍であれば、原則として日本の法律に従った相続が行われます。しかし手続きに関してはその国やルールややり方に従って行う必要があります。

特に海外預金というとアメリカや香港、シンガポールで持っている方が多いと思いますが、これらの国は英米法に従うので特に手続きが煩雑になりがちです。

これは「プロベート(検認)」という相続財産管理人を選任し、借金の清算や相続人への遺産の分配などを行うためです。

当該国の裁判所に申し立てを行い、相続財産管理人が預金の払戻手続きを行うのを待つことになるため、時間がかかります。

通常は国内弁護士と現地の弁護士と協力体制をつくることになり、海外預金を払い戻すのにだいたい半年~3年かかることがあります。

海外の預金については、遺産分割で揉める・揉めないに関わらず、預金を払い戻すのに時間がかかると思って良いでしょう。

海外の預金については、生前のうちに日本円で現金化しておくことも検討する必要があるでしょう。

【まとめ】開業医の先生は預貯金の相続でも注意を

以上、預貯金の遺産相続の注意点についてお伝えしました。

2016年12月19日の最高裁大法廷で、普通預金については基本的に遺産分割協議で相続人全員の合意がないと払戻しができなくなりました。

仮分割の仮処分で一部の払戻しが可能ですが、裁判所の手続きが必要になります。

改正相続法により、裁判所の手続きがなくても一部払戻しが可能になりましたが、1金融機関での上限は150万円までです。

また、海外に預金がある場合は、その国の法律やルールに則る必要があり、相続人の合意に関わらず払戻しまでに時間がかかります。

流動性の高い預貯金ですが、こうした事情から払戻しまでは時間がかかります。

預貯金の遺産を遺される場合は、生前時に事前に現金化するなど対策を検討する必要があります。

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