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はじめに

医院・クリニックなど、女性スタッフの多い職場で配慮しなければいけないのが妊娠中や出産後のスタッフの働き方です。

特に産婦人科など病床を有するクリニックにおいては、医師や看護師の夜勤や当直があり、体力的にも精神的にも負担は避けられません。

特に妊娠中、もしくは小さなお子さんを持つスタッフにとっては柔軟な働き方を考慮する必要があります。

しかし女性スタッフの働き方の変更により、本人が不利益な取扱いをされたということになれば違法となります。世間で言うところのマタハラ(マタニティ・ハラスメント)です。

医院・クリニックのような女性スタッフが多い職場では、マタハラについて最低限のことは知っておく必要があります。

そこで今回はマタハラの基本的な概要や注意点、事例についてお伝えします。

マタハラの概要

マタハラは、妊娠・出産や産前・産後休業、育児休業を取得した者が、業務上の支障をきたすという理由で次の嫌がらせを受けることを言います。

・職場の上司や同僚から、解雇その他不利益な取り扱いをされること
・不適切な配置転換など、労働者の就業環境を害すること

男女雇用機会均等法と育児・介護休業法

マタハラについては、具体的には「妊娠・出産等の事由」は男女雇用機会均等法、「育休等の事由」は育児・介護休業法に定められています。

男女雇用機会均等法第9条第3項

男女雇用機会均等法第9条第3項では、妊娠・出産等の事由を理由とする不利益な取扱いの禁止を規定しています。以下男女雇用機会均等法第9条第3項を抜粋します。

3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

育児・介護休業法第10条

育児・介護休業法第10条では、育休等の事由を理由とする不利益取扱いの禁止を規定するものです。以下育児・介護休業法第10条を抜粋します。

第十条 事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

「妊娠・出産等の事由」を具体的に言うと?

労働基準法では次のような母性保護規定が定められています。

(1)産前・産後休業(法第65条第1項及び第2項)
産前6週間(多胎妊娠の場合は14週間)(いずれも女性が請求した場合に限ります)、産後は8週間女性を就業させることはできません。

(ただし、産後6週間を経過後に、女性本人が請求し、医師が支障ないと認めた業務については、就業させることはさしつかえありません。)

(2)妊婦の軽易業務転換(法第65条第3項)
妊娠中の女性が請求した場合には、他の軽易な業務に転換させなければなりません。

(3)妊産婦等の危険有害業務の就業制限(法第64条の3)
妊産婦等を妊娠、出産、哺育等に有害な業務に就かせることはできません。

(4)妊産婦に対する変形労働時間制の適用制限(法第66条第1項)
変形労働時間制がとられる場合であっても、妊産婦が請求した場合には、1日及び1週間の法定時間を超えて労働させることはできません。

(5)妊産婦の時間外労働、休日労働、深夜業の制限(法第66条第2項及び第3項)
妊産婦が請求した場合には、時間外労働、休日労働、又は深夜業をさせることはできません。

(6)育児時間(法第67条)
生後満1年に達しない生児を育てる女性は、1日2回各々少なくとも30分の育児時間を請求することができます。

また、男女雇用機会均等法第12~13条では、次のような母性健康管理措置が定められています。

(1)保健指導又は健康診査を受けるための時間の確保(法第12条)
事業主は、女性労働者が妊産婦のための保健指導又は健康診査を受診するために必要な時間を確保することができるようにしなければなりません。

※ 健康診査等を受診するために確保しなければならない回数
○ 妊娠中
妊娠23週までは4週間に1回
妊娠24週から35週までは2週間に1回
妊娠36週以後出産までは1週間に1回 ┐
○ 産後(出産後1年以内)
医師等の指示に従って必要な時間を確保する

(2)指導事項を守ることができるようにするための措置(法第13条)
妊娠中及び出産後の女性労働者が、健康診査等を受け、医師等から指導を受けた場合は、その女性労働者が受けた指導を守ることができるようにするために、事業主は勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければなりません。

※ 指導事項を守ることができるようにするための措置
○ 妊娠中の通勤緩和(時差通勤、勤務時間の短縮等の措置)
○ 妊娠中の休憩に関する措置(休憩時間の延長、休憩回数の増加等の措置)
○ 妊娠中又は出産後の症状等に対応する措置(作業の制限、休業等の措置)

男女雇用機会均等法9条で言うところの「妊娠・出産等の事由」とは、この2つの措置を受けたこと等のことを言います。

まとめると、「妊娠・出産等の事由」の具体的内容については次のように挙げられます。

  1. ①妊娠したこと
  2. ②出産したこと
  3. ③母性健康管理措置の請求・適用
  4. ④妊産婦の坑内業務、危険有害業務の就業制限による不就労、坑内業務・就業制限業務に従事しない旨の申出・適用
  5. ⑤産前産後休業の請求・取得
  6. ⑥妊娠中の軽易な業務への転換の請求・適用
  7. ⑦妊産婦の変形労働時間制における法定労働時間を超える労働をしない旨の請求・適用
  8. ⑧妊産婦の時間外労働・休日労働・深夜業をしない旨の請求・適用
  9. ⑨育児時間の請求・取得
  10. ⑩妊娠・出産に起因するつわり・切迫流産・出産後の回復不全等の症状による労働不能・労働能率の低下

「育休等の事由」を具体的に言うと?

「育休等の事由」の具体的内容は、次のようなものが挙げられます。

①育児休業の申出・取得
②子の看護休暇の申出・取得
③所定外労働の制限の請求・実行
④時間外労働の制限の請求・実行
⑤深夜業の制限の請求・実行
⑥所定労働時間の短縮の申出・実行

「不利益な取扱い」を具体的に言うと?

男女雇用機会均等法第9条第3項、及び育児・介護休業法第10条で禁じている不利益な取扱いの具体的内容を以下に挙げます。

①解雇
②降格
③減給
④賞与等における不利益な算定
⑤不利益な配置変更
⑥不利益な自宅待機
⑦昇進・昇格の人事考課における不利益な評価
⑧雇止め
⑨契約更新回数の引下げ
⑩退職の強要
⑪正職員⇒非正規職員にするような契約内容変更の強要
⑫専ら雑務をさせるなど就業環境を害する行為

なお、「不利益な取扱い」には例外が2つ認められています。

・業務上の必要性が不利益な取り扱いの影響を上回る特段の事情がある場合
・本人が同意し、一般的労働者が同意する合理的理由が客観的に存在する場合

しかし例外に相当する幅は狭く、不利益な取扱いが例外的に有効となるためのハードルは高いといえます。

マタハラの防止措置の義務化

男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法の改正により、2017(平成29)年1月1日から、不利益な取扱いだけでなく防止措置が義務化されました。

この防止措置について、厚生労働省の指針では次のように定められています。

①使用者の指針の明確化およびその周知・啓発
②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
③職場における妊娠・出産・育休等に関するハラスメントにかかる事後の迅速かつ適切な対応
④職場における妊娠・出産・育休等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置
⑤①~④までの措置と併せて講ずべき措置

男女雇用機会均等法第30条に基づく公表

男女雇用機会均等法第30条において、第29条第1項に基づく厚生労働大臣による勧告に従わない場合、その旨を公表できる制度が設けられています。

厚生労働省のホームページでは、次のようなことが公表されています。ここでは医療法人名、理事長名は伏せますが、実際には実名が公表されています。

もちろん、このようなことが公表されれば医院の信用は失墜するのは間違いないでしょう。

①事業者(医療法人名称、医院名称)
②代表者(理事長名称)
③所在地
④違反事項(第9条第3項)
⑤法違反に係る事実(例:妊娠を理由に女性労働者を解雇し、解雇を撤回しない)
⑥指導経緯

なお、この公表された医院のマタハラの概要は次のとおりです。

看護助手の女性が妊娠を理事長に報告したところ、2週間後「明日から来なくて良い」「妊婦はいらない」と解雇されました。

女性から相談を受けた管轄の労働局が解雇を撤回するように助言・勧告を行いましたが、医院は拒否します。

さらに厚労省が是正を勧告したものの、理事長は「男女雇用機会均等法を守るつもりはない」と答えたため、公表に至ったというものです。

マタハラの具体的事例

マタハラについては、「制度等の利用への嫌がらせ型」と「状態への嫌がらせ型」のふたつがあります。各々の具体的事例についてお伝えします。

制度等の利用への嫌がらせ型の具体例

①産前休業の取得を院長に相談したところ、「休みを取るなら辞めろ」と言われた(解雇その他不利益な取扱いを示唆するもの)

②男性スタッフが育児休業の取得を院長に相談したところ、「男が育児休業なんてあり得ない」と言われ、育児休業を諦めた(制度等の利用の請求等または制度等の利用を阻害するもの)

③「自分だけ短時間勤務をしているなんて周りを考えていない。お前は迷惑だ」と繰り返し発言し、就業をする上で看過できない程度の支障を生じている(制度等を利用したことにより嫌がらせ等をするもの)

この制度等の利用によるマタハラ事例について2つ紹介します。

産休中の歯科衛生士にマタハラ、歯科医院に賠償命令

育児取得の手続き中に退職させられたとして、歯科衛生士の女性が勤務先の歯科医院に対して損害賠償を求めた裁判です。

女性は産休中から育休取得を申請しようとしたが手続きを拒まれ、一方的に退職願用紙が自宅に届けられたそうです。その後、自己都合退職扱いされてしまいます。

この裁判は「育休取得などの権利を侵害した」として、女性が勝訴し、歯科医院に慰謝料200万円を含む計約700万円の支払いを命じられました。

マタハラによってうつ病を発症、歯科医院に賠償命令

マタハラを原因にうつ病になったとして、歯科技工士の女性が歯科医院に対して損害賠償を求めた裁判です。

女性は育児休業から復帰すると、上司から「なんで1年間も休んでいたのか気が知れない」と罵倒されてしまいます。

しかもその後、第2子の妊娠を告げると別の上司から「こっちの不利益は考えないの」などと言われてしまいます。

女性は度重なるマタハラでうつ病と診断され休職。その後歯科医院から、就業規則に基づき退職扱いとなっているとの通知を受けてしまいます。

この裁判では「被告らの行為で精神的負荷がかかった以外に、うつ病を発症する事情はなく、業務起因性が認められる」として女性が勝訴。歯科医院に約500万円の賠償を命じました。

状態への嫌がらせ型の具体例

①妊娠を報告したところ「他の人を雇うので早めに辞めてくれ」と言われた(解雇その他不利益な取扱いを示唆するもの)

②「妊娠するなら忙しい時期を避けるべきだった」と繰り返し発言し、就業をする上で看過できない程度の支障を生じている(妊娠等したことにより嫌がらせ等をするもの)

先に紹介した男女雇用機会均等法に基づいて公表された例は、妊娠の発覚で退職を強要するもので、「状態への嫌がらせ」に該当するでしょう。

もう1つ、状態への嫌がらせに対する裁判例について紹介したいと思います。

「想像妊娠ではないか?」「中絶言及」……医療法人に賠償命令

上司からマタハラを受けたとして、40代の女性が勤務する病院に対して損害賠償を求めた事例です。

この女性は妊娠を上司に報告したあと、上司から「想像妊娠ではないのか?」と言われたり中絶に言及されたりしたとのことです。

この裁判では「やむを得ない事情がない限り、著しく不適切だ」として女性が勝訴。病院に77万円の支払いを命じました。

【まとめ】マタハラは論外!産前産後休業・育児休業が取得しやすい体制を

医療業界は以前から人手不足、採用難に陥っており、しかもそれが加速していくことは明らかなことです。

女性スタッフの割合が高い医院・クリニックについては産前産後休業・育児休業がしっかり取れて、復帰できる体制作りが急務です。

長い目で見ればスタッフを末永く雇用していけることが医院・クリニックの永続的な繁栄に繋がります。

マタハラの問題が起きていることから考えると、このことがまだ医療業界でよく理解されていないかと思われます。

マタハラに該当するような扱いをしていては、間違いなく離職が相次ぎスタッフ採用に苦労することになるでしょう。

これからは妊娠、出産、育児中のスタッフでも働きやすい体制づくりができるクリニックが生き残っていくのではないかと思われます。

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この記事の執筆・監修はこの人!
プロフィール
亀井 隆弘

社労士法人テラス代表 社会保険労務士

広島大学法学部卒業。大手旅行代理店で16年勤務した後、社労士事務所に勤務しながら2013年紛争解決手続代理業務が可能な特定社会保険労務士となる。
笠浪代表と出会い、医療業界の今後の将来性を感じて入社。2017年より参画。関連会社である社会保険労務士法人テラス東京所長を務める。
以後、医科歯科クリニックに特化してスタッフ採用、就業規則の作成、労使間の問題対応、雇用関係の助成金申請などに従事。直接クリニックに訪問し、多くの院長が悩む労務問題の解決に努め、スタッフの満足度の向上を図っている。
「スタッフとのトラブル解決にはなくてはならない存在」として、クライアントから絶大な信頼を得る。
今後は働き方改革も踏まえ、クリニックが理想の医療を実現するために、より働きやすい職場となる仕組みを作っていくことを使命としている。

                       

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