はじめに

医療法人のM&Aは、個人と医療法人の事業承継で、スキームがかなり異なります。

個人が事業承継する場合には、単なる事業譲渡(医療法人は解散)の場合もあれば、役員交代(持分あり医療法人の場合は、持分譲渡もある)の場合もあります。

医療法人が事業承継する場合は、事業譲渡、合併、もしくは分割(持分なし医療法人のみ)になります。

ただ、小規模の医院・クリニックを継続運営している場合には、個人が事業承継し、役員交代するパターンが最も多く見られます。

そこで今回は、個人が事業承継する医療法人のM&Aについてお伝えしていきたいと思います。

持分あり医療法人(旧法)と持分なし医療法人(新法)について

医療法人のM&Aには、大きく分けて

①持分あり医療法人(旧法)のままで事業承継する

②持分なし医療法人(新法)で事業承継する

場合の2つのパターンがあります。

しかし、医療法人のM&Aの大半は持分あり医療法人(旧法)のままで事業承継するパターンがほとんどです。

これは、現在日本にある医療法人の9割がまだ持分ある医療法人(旧法)のままであるためです。

医療法の改正以降に設立した医療法人は全部持分なし医療法人になりますが、この医療法の改正が行われたのは2007年4月1日です。

医療法改正後にできた医療法人は長くてもまだ10年ちょっとです。若い理事長も多く、まだ事業承継する時期になっていません。

また、旧法である持分あり医療法人は、新法である持分なしの医療法人の移行が可能で、国も推奨していますが、これがなかなか進んでいません。

これは持分なし医療法人は解散するのであれば、拠出金額以外の法人内で蓄積された利益が戻ってこないためです。

「せっかく頑張って得た利益を国に没収されるのは嫌だ」ということで、持分なしの医療法人に抵抗を感じる先生がとても多いのです。

こういった理由で、現段階では、9割の医療法人が持分あり(旧法)のままです。

しかし、今後持分なし(新法)の医療法人の理事長も高齢になっていくので、徐々に持分なし医療法人のM&Aのケースは増えていくはずです。

持分あり医療法人(旧法)のM&A

個人に事業承継するケースで大半を占める、持分あり医療法人(旧法)のM&Aについてお伝えしていきます。

持分ありの医療法人では、「出資持分譲渡」によって医院・クリニックの経営を承継する方法となります。

この場合、医療法人はこれまで通り診療を続けていくことが可能です。

ただし、承継前から医療法人が保有している資産だけではなく負債も引き継ぐことになります。

加えて、承継前に行われた診療に関する責任や税務処理、労務管理に関する責任もそのまま引き継ぎます。

カルテや従業員との雇用契約も原則、継続されます。

役員の交代で済む医療法人のM&Aは、個人開業よりもスムーズと言えるでしょう。

ただ、個人開業と違ってまるごと引き継ぐ医療法人のM&Aは、負債や過去の問題(医療事故等)も引き継ぐので、買い手にとってはデメリットにもなります。

持分あり医療法人(旧法)のM&Aの流れは大まかに次のようになります。

承継の決定、価格の決定
社員の退社、新社員の入社定款次第で新社員は持分を1口でももつ場合もある。この時点で持分譲渡、贈与もあり
役員交代理事長、理事などを新体制にする
役員退職金の支給決議、支給退職(理事長退任)しない限り決議できないこと、規定の有無に注意
持分の移動 譲渡(場合によっては贈与)

 

医療法人を譲る側の理事長は、医療法人が持っているすべての金融資産から、従業員の退職金の支給見込額を控除した残りの部分を自身の退職金とします。

こうすることで、医療法人の資産の中身をいったんゼロにします。

生命保険契約や車両などで退職金の現物支給するのも良いでしょう。

法人が支払う退職金は、基本的に法人の損金として算入できます。

多額の退職金を支払ってしまえば、その分だけ法人の利益は下がるので、法人税が安くなります。

ただし、退職金が法人税上の役員退職給与の適正額でない場合には、損金不算入となります。

繰越欠損の恩恵に授かりたい継承者としては、その額が減少することになりますので、事前調整が必要です。

また、退職金が不相当に高額な場合には、剰余金の配当とみなされる場合もあるので注意が必要です。

その場合には、のちに退社した際に一部持分の払戻しをしてもらうなどの工夫が必要になります。

そして、自身の退職金が確保できるよう、事前に役員退職慰労金規程の整備を忘れずにしておきます。

役員退職慰労金は、規定に基づき退職後の社員総会決議で決定することが基本となるからです。

この退職金支給により、この退職の時点で医療法人の時価は設備や医療機器を除いてゼロに近い状態になります。

譲渡の際には、ここに営業権を加算するのが最も一般的な方法です。

ただ、医療法人となると負債やリスクなどマイナスの要素も引き継がれることから、より複雑な査定となります。

持分の譲渡は、有価証券の譲渡と同様の扱いになり、譲る側の先生の譲渡所得となります。

つまり、譲渡価格に出資金額を差し引いた分については譲渡所得税がかかります。

持分なし医療法人(新法)のM&A

先にも書いたように、2007年の医療法の改正以降に設立した医療法人はすべて持分なしの医療法人となります。

特に小規模のクリニックでは持分なし医療法人のM&Aのケースはまだまだ少ないですが、当然今後はこのようなケースも増えていくでしょう。

持分なしの医療法人は、その名のごとく持分の譲渡がなく、医療法人を通しての間接的な譲渡という形式になります。

持分なし医療法人のM&Aの流れは、概ね以下のようになります。

① 事業承継の決定、価格の決定
基金返還の検討基金がある場合、ここで返還を検討。定款の規定に注意
役員の退社、新社員の入社理事長、理事などを新体制にする
役員交代
新理事長より、医療法人へ基金拠出または資金貸付
役員退職金の支給決議 退職しない限り決議はできない。規程の有無に注意

まず、譲渡側の理事長に基金の返還をします。

基金の返還は基金の倍の純資産がある場合に限られており、定款に規程されている通りに返還します。

出資したものをそのまま返還してもらうわけですから、ここに所得税は課せられません。

その後、承継側が医療法人に基金拠出、または貸付をします。

そのうち譲渡価額分を譲る側の役員の退職金の原資に足すことで、間接的に承継側から譲渡側への資金移動が発生する仕組みになります。

医療法人のM&Aは退職金がカギ

持分あり医療法人でも、持分なし医療法人でも、カギとなるのは退職金です。

先にも書いたように、退職金は損金算入できるため、法人税を安くすることができます。

しかし、退職金額が適正ではない場合は損金不算入となってしまいます。

退職金額が妥当かどうかは、受け取る個人の勤続年数や功績、退職の事情、他の同規模の法人が支払っている額などを考慮して判断されます。

ですから、退職金の支給額にも客観性のある根拠や理由が必要です。

それに加えて規程の整備をしておくなど、事前準備を怠らないように注意していきましょう。

旧法の持分あり医療法人の場合は、退職金を支払うことで出資持分評価も下がります。

出資持分評価が下がったタイミングで持分譲渡を行えば、買い手側の医師の負担も軽減でき、M&Aを進めやすくなります。

税理士の実務経験不足によりM&Aが成立せずに解散した医療法人

最後に、税理士の実務経験不足により医療法人のM&Aが成立しなかった事例を紹介します。

事業承継を考えている60代後半の先生がいました。

50~60代で医師を引退するのは珍しいことではないのですが、この先生も体調不良を理由に、20年以上医療法人で運営していた医院を手放すことにしたのです。

その医療法人は、1日50人以上の来院患者数があり、医療機器もこれからも十分使用可能なものばかりの優良クリニックです。しかも内装も大幅にリニューアルしています。

ただ、この先生はご子息が医師ではなく、親子で承継できないためM&Aを希望したのです。

このような優良クリニックですから買い手がつかないわけがありません。

すぐに1,500万円ほどの対価で事業承継を希望する先生が出てきました。

旧法の持分あり医療法人で運営されていた先生は、先に書いたような出資の譲受による株式の移転を提案しましたが、あっさり合意。

あとはスムーズに手続きを進めていくだけなのですが、ここで問題が発生します。

先生のクリニックを担当している税理士が、事業承継やM&Aの経験がまるでなかったのです。

結局話が前に進まず、お互いwin-winで解決するはずだったM&Aは破談になってしまいました。

そして、先生の医療法人は解散することになりました。

1,500万円の譲渡金をふいにしただけでなく、リニューアルした内装や医療機器の廃棄等、廃院のコストで1000万円近く払ってしまいました。

この事例に限らず、医療法人の事業承継やM&Aの経験が豊富な税理士やコンサルタントは、まだ多くありません。

クリニックのM&Aに対応するには、税務のことだけでなく、患者やカルテの引き継ぎ、M&Aのベストタイミングなど、医療業界の経験やスキルが必須です。

加えて医療法人のM&Aには、このような問題がよく発生します。

承継側は、資産だけでなく負債や過去の問題(医療事故の損害賠償等)も引き継いでしまう。

承継後に患者に訴えられて、損害賠償を請求されたときの責任はどちらになるのか。

譲渡側と承継側で持分の譲渡価額が折り合わない

医院の賃貸借について、修繕費の取決めが曖昧でもめている

事業承継後、院外処方に移行しようとしたが土地の売却について地主が合意しない

このようなこともあり、事業承継やM&Aを行う税理士やコンサルタントには、豊富な経験と実績、各専門分野でのネットワーク、高度な情報分析力などが求められます。

それでいて、譲渡側と承継側両方の立場に立って考えて交渉し、両者がwin-winになるように徹する人間力も求められます。

上記のように、専門家でも失敗する事業承継やM&Aの対応は、より信頼できる税理士やコンサルタントを探すことが必須と考えられます。

まとめ

このように、医院・クリニックのM&Aは個人開業と医療法人、医療法人でも旧法(持分あり)と新法(持分なし)でスキームが異なります。

また、事象承継やM&Aは譲渡側と承継側の間でもめごとが起こることも少なくありません。

一般的な税務だけでなく、医療業界の経験とスキル、高度な専門性と人間力が必須になります。

いかに経験豊富で信頼できる税理士やコンサルタントを選ぶかが重要なのは言うまでもありません。

また、後継者が親族や従業員間で見つからないのであれば、解散するのかM&Aにするかは早めに決めて、早めに準備しておくことをおすすめします。

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