はじめに

診療科目によると思いますが、開業医の先生にとって、労災という言葉は身近なものかもしれません。

それは労災によって、ケガや病気になってやってきた患者さんの対応をすることがあるからです。

ただ、自分自身の医院・クリニックの労災について意識している開業医の先生はそれほど多くないかもしれません。

労災には主に業務災害と通勤災害の2種類ありますが、今回は開業医の先生が知っておくべき労災の知識や事例について紹介していきます。

医院・クリニックの業務災害

労災というと、多くの方が思い浮かべるのが仕事中の事故やトラブルによって発生する業務災害ではないでしょうか?

そこで、まずはクリニックで比較的リスクの高い業務災害について、いくつか紹介したいと思います。

インフルエンザの感染

特に医院・クリニックの場合、気になるのが患者さんを通じてインフルエンザなどの感染症にかかる場合ではないでしょうか?

開業医の先生を含めクリニックで働く看護師やスタッフは、患者さんと日常的に接するので、常に院内感染のリスクにあります。

しかし、だからこそクリニックで働く方は、おそらく予防接種を徹底しているのではないかと思われます。

またインフルエンザウイルスは感染経路の特定が難しいので、医療従事者であってもインフルエンザが労災と認定される可能性は低いでしょう。

そうでなければ、医療従事者がインフルエンザにかかれば全員労災認定されてしまうことになってしまいます。

しかし、もちろん医療従事者の院内感染は労災に該当します。院内感染と特定できれば労災の対象になります。

詳しくは次の記事に詳しく書かれていますので、併せてご覧ください。

【関連記事】医療従事者のインフルエンザ感染は労災になる?

結核の感染

もちろん、様々な病気に対応するクリニックであれば、感染リスクはインフルエンザだけではありません。

結核のような今ではそんなに聞かなくなった病気でも、クリニック内であれば比較的感染のリスクは高くなるでしょう。

結核の場合、比較的感染経路は特定しやすいので、労災が認められる可能性は高くなると思います。

C型肝炎の感染

クリニックなどの医療従事者が、もうひとつ感染で気をつけたいのが血液や体液などの曝露です。

具体的には使用済み注射針をうっかり自分に刺してしまったり、患者さんの体液に触れてしまったりした場合です。

これによってC型肝炎やHIVに感染する可能性もあり、以前は医療従事者の感染が問題になったことがあります。

この場合も感染経路は特定しやすいので労災は認定されやすいでしょう。

殺菌消毒剤の吸入

実際にあった事例ですが、院内で使用している殺菌消毒剤の吸入が原因で、鼻や咽喉の不調を訴えた看護師がいました。

この場合、院内の殺菌消毒剤によるものと断定できればこちらも労災は認められやすいでしょう。

また、クリニックとしては、次のような対策が必要になってくるでしょう。

・不調を訴えた看護師については殺菌消毒剤を使用しない業務に就いてもらう
・当該看護師だけでなく、他の看護師にも防護マスクやゴーグルの着用を指示する
・殺菌消毒剤の安全性に関する調査を指示する

なお、似た事例で看護師の化学物質過敏症により病院側の安全配慮義務違反が認められ、約1,000万円の賠償金の支払いが命じられたこともあります。

うつ病

医院・クリニックに限った話ではありませんが、医療従事者のなかでもうつ病などの精神疾患のリスクがあります。もちろん、うつ病も労災認定の対象です。

うつ病になる人が院内で増えるということは、クリニックの雰囲気や人間関係が悪くなり、職場環境が悪化している可能性が高いです。

労災うんぬん以前に離職が相次いだり、大きな労務トラブルが起きたり、最悪の場合過労自殺などで訴訟問題に繋がるリスクがあります。

医院・クリニックの通勤災害

労災のもうひとつのパターンが通勤災害です。言うまでもなく、出社時、及び退社時に起きた事故による災害です。

こちらについては業務災害に比べれば、あまり医院・クリニックの特有の特徴というのはないでしょう。

しかし通勤災害の場合、気になるのは通勤災害が適用される範囲です。そこで、ここでは通勤災害が適用される範囲についてお話したいと思います。

通常の通勤災害の対象範囲は?

通勤災害の対象範囲というと、基本的には各々のスタッフの住居からクリニックまでの間の移動のみならず、具体的には次のとおりです。

  1. 住居と就業の場所との間の往復
  2. 就業の場所から他の就業の場所への移動
  3. 住居と就業の場所との間の往復に先行し、または後続する住居間の移動(単身赴任者の赴任先住居と帰省先住居の間の移動)

しかし、次の場合は逸脱または中断の間及びその後の移動は「通勤」とはみなされず、労災補償の対象となりません。

(1)移動の経路を逸脱(通勤の途上で通勤とは無関係の目的のために経路をそれる)
(2)移動の経路を中断(通勤を中断して通勤と無関係の行為をする)

例えば帰り道に飲みに行く、遊びに行くということは多いと思いますが、その場合も移動の経路を逸脱、もしくは中断となります。

少しわかりにくいのですが、この場合帰り道に飲みに行ったりしている最中のみ労災対象除外となるのではありません。

逸脱・中断となる行為を終え、その後通常の経路に復帰して事故に遭っても労災と認められないということです。

日常生活上必要な行為のために逸脱・中断した場合

ただし日常生活上必要な行為のために通勤経路を逸脱・中断した場合、逸脱・中断の間を除いて「通勤」とみなされ、労災補償の対象となります。

つまり、逸脱・中断となる行為を終え、通常の経路に戻った場合の事故は労災と認められます。

具体的に「日常生活上必要な行為」とは、つぎのようなことを指します。

    1. 日用品の購入や、これに準ずる行為
    2. 職業訓練や学校教育、その他これらに準ずる教育訓練であって、職業能力の開発向上に資するものを受ける行為
    3. 選挙権の行使や、これに準ずる行為
    4. 病院や診療所において、診察または治療を受ける行為や、これに準ずる行為
    5. 要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に、または反復して行われるものに限る)

これらの行為が終わり、合理的な通勤経路に復帰後の移動の間の事故による負傷等については、例外的に労災補償の対象となります。

なお、(5)については2017(平成29年)以前は次の取り消し線の部分も記載されていましたが、育児・介護休業法で改正が行われ、削除されています。

(5)要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に、または反復して行われるものに限る)

「同居し、かつ扶養している」の削除は、同居・扶養の条件が撤廃されて通勤災害の対象が拡大したことを意味します。

つまり、同居・扶養していなくても要介護状態であれば孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護で通勤経路を逸脱・中断しても労災補償の対象ということです。

クリニック内の労災問題Q&A

その他、クリニック内の労災に関する問題について、よくある疑問などにお答えしていきたいと思います。

労災給付は看護師やスタッフの損害をすべて補填できるのか?

結論から言うと、労災給付は看護師やスタッフの損害をすべて補填するものではありません。

労災給付としては、治療費が支給される療養補償、休業中の給与の6割が補償される休業補償、後遺症が補償される障害補償等があります。

しかし、それでも看護師やスタッフがそれ以上の金額を求めるのであれば、損害賠償を請求するため民事訴訟を起こすことができます。

例えば先に書いたように、安全配慮義務違反が主張され、クリニック側が敗訴した裁判例もあります。

また労働法だけでなく、医院・クリニックは医療法でも院内感染対策などの医療安全対策を講ずる義務が定められているので注意が必要です。

労災給付の補填として医師賠償責任保険は使えないのか?

医師賠償責任保険は、患者に被害が生じた場合に適用されるものであり、医療従事者の業務中の被害には適用されません。

労災給付で補填されないようであれば、労災保険で支払われた分を差し引いて、クリニック側が自腹で支払うことになります。

【まとめ】労災給付の申請は速やかに

労災に関しては、主に業務災害と通勤災害の2つに大きく分けられます。医院・クリニックの特有の問題はどちらかというと前者の業務災害の方ではないでしょうか。

どちらにしろ、労災が起きた場合は労基署から労災の請求書を入手し、速やかにスタッフに労災給付ができるようにしておきましょう。

また、クリニック側が安全の配慮を怠ったということになれば、労災の給付だけでは補填できない損害賠償を請求される可能性もあります。

そのようなことがないように、日頃からリスクマネジメントを徹底するようにしていきましょう。

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