はじめに

社会保険には、「健康保険」「厚生年金保険」「雇用保険」「労災保険」の4つがあります。

そのうち労災保険とは、業務中の災害もしくは通勤災害により労働者または遺族に対して次のような保険給付を行う制度です。

  1. 負傷した場合
  2. 疾病にかかった場合
  3. 障害が残った場合
  4. 死亡した場合

1人でも従業員を雇用した事業所(パートを含む)は加入を義務付けられており、クリニックでも同様です。

つまりクリニックの新規開業の時点で労災保険に加入しないといけないケースが大半です。

そこで今回は開業したばかり、もしくは新規開業準備を進めている先生が知っておきたい労災保険についてお伝えします。

労災の範囲

まず、労災は大きく分けて業務災害と通勤災害があります。

業務災害の場合は患者さんを通じて病気に空気感染するリスクなど、クリニック特有の労災もあります。

労災と認定される範囲については以下の記事で詳しく書いていますので、併せてご覧ください。

【関連記事】開業医の先生が最低限知っておくべき労災の知識と事例

院長や奥様は原則労災保険に加入できない

労災保険の対象となる範囲については、正職員だけではなく、パートやアルバイトの方も対象になります。

しかしクリニックの場合は、次のように院長先生や奥様は原則的に加入できないので注意が必要です。

個人開業医の先生

個人開業のクリニックの先生は労災保険の対象外となり、上記の業務災害・通勤災害が発生しても労災保険は使えません。

ただし後述する医療法人の役員とは違い、国民健康保険を利用することは可能なので、基本的には健康保険を利用することになります。

ただし、労災保険の特別加入制度を用いれば、個人開業医の先生でも労災保険が使えます。

労働者以外の方で、業務の実態や、災害の発生状況からみて、労働者に準じて保護することがふさわしいと見なされる場合があります。

その場合、一定の要件の下に労災保険に特別に加入することを認めている制度が特別加入制度です。

労災保険には休業補償など国民健康保険にはない制度がありますので、検討の余地はあるでしょう。

医療法人の理事・監事

医療法人の理事・監事についても原則的に労災保険は使えません。

医療法人の理事でも労災の特別加入制度を利用できる可能性はありますが、スタッフ数によっては対象にならないケースが増えてきます。

また、労災保険だけでなく、仕事中の事故については健康保険も使えません。

仕事中のケガや疾病については全額負担で治療を受けることになります。業務災害や通勤災害には十分注意しないといけません。

ただしこれも例外があり、健康保険加入のスタッフが5名未満の場合、理事がスタッフと同じような仕事をしていれば健康保険を利用できる特例があります。

院長先生はスタッフと一緒に診療をしているケースが大半と思われるので、健康保険が適用される可能性は高いでしょう。

労災保険も健康保険も使えないのであれば、業務災害に特化した民間の損害保険への加入を検討すると良いでしょう。

ただし、特例で労災保険や健康保険が適用される場合もあるので、確認してから加入しましょう。

同居している親族

個人開業医・医療法人に関わらず、院長先生だけでなく、奥様など同居している親族の方が働いている場合も労災保険の対象外です。

ただし、この場合も例外があり、他の労働者と同じ条件(就労環境や賃金)で働いている場合は労災保険の対象となります。

労災保険の給付

業務災害や通勤災害があった場合の労災保険の給付について具体的にお伝えします。

療養(補償)給付

療養(補償)給付は労災による傷病により療養する場合に、治療費の全額が給付されます。

全額なので自己負担額がありません。

さらに療養のため通院したときは、通院費が支給される場合があります。

休業(補償)給付

休業(補償)給付は労災による傷病の療養のため労働することができず、賃金を受けられない場合に給付されます。

休業4日目から、休業1日につき給付基礎日額の60%相当額が給付されます。

さらに休業特別支給金として給与の20%が給付されますので、合計で給与の80%が給付されることになります。

要件を満たせば休業している限り支給されますが、「療養のために働けない」と言えなくなれば給付は打ち切られます。

障害(補償)給付

労災によって障害が残った場合に給付されます。障害(補償)給付は2種類あります。

障害(補償)給付年金

第1級から第7級までに該当する障害が残った場合に毎年年金として給付されます。

給付額は等級によって異なり、給付基礎日額の131~313日分が給付されます。

ただし、後遺障害認定を受けたときに給付される障害特別支給金の給付は1回のみです。(159~342万円)

障害(補償)給付一時金

第8級から第14級までに該当する障害が残った場合に一時金として1回だけ給付されます。

障害特別給付金は8~65万円です。

遺族(補償)給付

家族が労災で死亡したときに受け取れる労災保険です。遺族(補償)給付も2種類あります。

遺族(補償)年金

遺族(補償)年金は遺族の数に応じ、給付基礎日額の153~245日分の年金が毎年給付されます。

遺族の数に応じているとはいえ、最先順位者(「受給権者」)に対して支給されるので、遺族(補償)年金を受け取れる人は少なくなっています。

基本的に配偶者もしくは子にのみ給付されることが大半でしょう。

また、年金を受け取るのが妻以外の場合は一定の年齢要件(夫なら55歳以上)、または障害要件に該当しなければ受け取れません。

遺族(補償)一時金

遺族(補償)一時金については次の2種類ありますが、要は遺族(補償)年金を受け取れる方がいない場合に一定の遺族に給付される一時金です。

・遺族(補償)年金の受給資格者となる者がいなかった場合、給付基礎日額の1,000日分

・遺族(補償)年金の受給権者が失権し、他の受給資格者がいない場合に給付されます

葬祭料葬祭給付

労災により死亡した人の葬祭を行う場合に給付されます。315,000円に給付基礎日額の30日分を加えた額が給付されます。

傷病(補償)年金

傷病(補償)年金は、労災による療養開始後1年6ヶ月を経過しても、傷病が治っていない時に休業(補償)給付から切り替わって支給されます。

つまり、休業(補償)給付と傷病(補償)年金は同時に給付されることはありません。

介護(補償)給付

介護(補償)給付は、介護を受けている方に給付されます。

傷病(補償)年金または障害(補償)年金を受給している方のうち、第1級もしくは第2級の障害要件を満たす方が対象です。

労災保険に関するQ&A

労災保険について、よくある質問についてお答えします。

スタッフに自転車通勤を許可する場合の注意点はなんですか?

健康意識が高い方や、自宅からクリニックまでの距離が短い場合、自転車通勤を希望するスタッフもいます。

しかし、一般企業も含めて考えると自転車通勤を禁止しているところもあります。

これは通勤途中の事故が起こった場合、自転車には自賠責保険にあたる強制加入保険がないためです。

自転車の事故であっても相手に大きなケガをさせたり死亡させないとも限りません。被害者がクリニックに多大な損害賠償を請求する可能性もあります。

当然労災保険では補填しきれませんから、クリニックが大きな損失を被る可能性があります。

もし自転車通勤を許可する際は、補償額が高めの自転車向け損害賠償責任保険への加入を義務付けるなどの対応が必要でしょう。

なお、自転車通勤を禁止するにしてもスタッフがこれを破り自転車通勤して事故に遭った場合も労災保険給付の請求がある可能性があります。

労災保険に加入していても損害賠償を請求されるようなことはありますか?

もし上記で紹介した労災の補償で補填しきれないようであれば、スタッフから損害賠償を請求される可能性があります。

実際にクリニック側が敗訴した例もあります。

労働契約上、使用者には「労働者の生命や安全を危険から保護し、労働者が安全に働けるように配慮する義務」があるとされています。これを安全配慮義務と言います。
安全対策を怠った結果、従業員がケガなどをすれば、クリニック側は、「労働契約上の義務違反(債務不履行)」を理由に、損害賠償責任を負います。

また一般に、自己の過失により他人に損害を与えた場合、不法行為(民法709条)責任を負います。

そのため、仮に労働契約がなくとも、使用者に過失があれば、『不法行為責任』を理由として、損害賠償責任を負うことになります。

両者の違いについては、以下の表で示します。

債務不履行 不法行為
内容 労働契約上の義務違反 過失
時効 10年 3年
遅滞の責任(年5分) 請求を受けた次の日から 責任が生じたときから
損害賠償額の相殺 認める 認めない(民法509条)

【まとめ】開業前に労災保険の概要を理解しましょう

以上、開業医の先生が知っておきたい労災についてお伝えしました。

労災がどの範囲で適用され、どのような補償内容なのかは概ね知っておきましょう。

原則的に開業医の先生は労災保険を利用できませんし、医療法人の場合は健康保険が使えません。

しかし、いずれの場合も特例で利用できる場合があるので必ず確認するようにしておきましょう。

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