後継者がいない、健康上の理由、事業不振などの理由で医院・クリニックを閉院する場合、開業したときと同様に諸々の手続きが必要になります。

また、個人差はありますが医院・クリニック閉院に伴うコストもかかりますし、患者さんの引き継ぎ、スタッフの解雇なども出てきます。

閉院といっても、個人の医院・クリニックの閉院と医療法人の解散で違いはありますが、今回は個人の医院・クリニックの閉院について解説します。

ただし手続きについては、所在地や個別事情により手続きの方法は異なるので、詳細は管轄の行政に確認するようにしてください。

医療法、健康保険法の届出

医療法、健康保険上の届出としては、以下の手続きが必要となります。

名称提出先内容
診療所廃止届保健所廃止した日から10日以内
診療所開設者死亡届保健所開設者(院長)が死亡してから10日以内(廃止届が必要な自治体と不要な自治体あり)
保険医療機関廃止届地方厚生局診療所名称、所在地、先生の名前等を記入し、地方厚生局に廃止後速やかに提出
診療用エックス線装置廃止届保健所診療用X線装置がある場合は、診療所廃止届と同時に提出
麻薬施用者業務廃止届保健所麻薬の使用がある場合は閉院から15日以内
その他生活保護法、労災保険法等の指定を受けている場合はその廃止届

税務上の届出

次に、医院・クリニックを廃院した際の税務上の届出については、以下の手続きが必要になります。

名称提出先内容
個人事業の開業届出・廃業届出等手続税務署、都道府県税事務所、市区町村閉院から1ヶ月以内
事業廃止届出書税務署、都道府県税事務所、市区町村消費税の課税事業者の場合に必要
給与支払事務所等の廃止届出書税務署閉院から1ヶ月以内に税務署を提出します。
所得税の青色申告の取りやめ届出書税務署取りやめようとする年の翌年3月15日までに提出します。

使用する様式や提出期限については、都道府県によって違いがあるので、管轄の税務署や都道府県税事務所に確認するようにしてください。

社会保険・労働保険の届出

閉院する際の、社会保険・労働保険に関連する届出については、以下の手続きが必要になります。

名称提出先内容
健康保険・労働厚生保険適用事務所全喪届年金事務所事実発生から5日以内。法人の場合は法人登記謄本、個人事業主の場合は雇用保険適用事業所廃止届など、事業を廃止したことを確認できる書類を添付する
被保険者資格喪失届年金事務所事実発生から5日以内。協会けんぽの場合は、健康保険被保険者証、紛失等により回収できなければ健康保険被保険者証回収不能届が必要
雇用保険適用事業者廃止届ハローワーク休止・廃止から10日以内。法人の場合は、登記簿謄(抄)本などが必要。法人でない場合は、その事実を証明する書類
雇用保険被保険者資格喪失届ハローワーク離職証明書など離職理由が確認できる書類等

閉院に伴うカルテやレントゲンの保管義務

閉院・解散したあとも厳重に保管しないといけないものがあります。閉院後も保管場所を確保して、厳重に保管してください。

カルテ

医院・クリニック閉院後もカルテ(診療録)の過去5年分を保管する必要があります。

医師法第24条には、以下のように記載されていますが、これは閉院後も同様です。

第二十四条 医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。
2 前項の診療録であつて、病院又は診療所に勤務する医師のした診療に関するものは、その病院又は診療所の管理者において、その他の診療に関するものは、その医師において、五年間これを保存しなければならない。

例外としては、民事による訴訟を受け、賠償請求を受けた場合です。

「債務不履行」の場合は10年(民法第167条)、「不法行為」の場合は、加害者を知ったときから3年、又は不法行為の時から20年(民法第724条)とされています。

レントゲンフィルム

レントゲンフィルムまたはデータは、撮影した疾患に関する診療行為が終了してから3年間の保管義務があります。

(帳簿等の保存)
第九条 保険医療機関は、療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録をその完結の日から三年間保存しなければならない。ただし、患者の診療録にあつては、その完結の日から五年間とする。

なお、医療法施行規則第20条では2年間とされていますが、期間の長い保険医療機関及び保険医療養担当規則を適用するのが妥当です。

エックス線装置等放射線障害発生の恐れがある場所の測定結果記録

エックス線装置等放射線障害発生の恐れがある場所の測定結果記録については、過去5年分を保管する必要があります。

第三十条の二十一 病院又は診療所の管理者は、治療用エックス線装置、診療用高エネルギー放射線発生装置、診療用粒子線照射装置及び診療用放射線照射装置について、その放射線量を六月を超えない期間ごとに一回以上線量計で測定し、その結果に関する記録を五年間保存しなければならない。

第三十条の二十二 病院又は診療所の管理者は、放射線障害の発生するおそれのある場所について、診療を開始する前に一回及び診療を開始した後にあつては一月を超えない期間ごとに一回(第一号に掲げる測定にあつては六月を超えない期間ごとに一回、第二号に掲げる測定にあつては排水し、又は排気する都度(連続して排水し、又は排気する場合は、連続して))放射線の量及び放射性同位元素による汚染の状況を測定し、その結果に関する記録を五年間保存しなければならない。

向精神薬の処分

第1種向精神薬、第2種向精神薬を廃棄したときは以下のことを記録し、2年間保存しなければいけません(厚生労働省「病院・診療所における向精神薬取扱いの手引」より)。

① 向精神薬の品名(販売名)・数量
② 譲り受け、譲り渡し、又は廃棄した年月日
③ 譲受け又は譲渡しの相手方の営業所等の名称・所在地

また、廃棄方法についても、焼却、酸、アルカリによる分解、希釈、他の薬剤との混合など、向精神薬の回収が困難な方法により行うことが定められています。

※麻薬及び向精神薬取締法 第50条の21、23

患者さんの引き継ぎ

その他、医院・クリニックを閉院する前には、入院患者や通院している患者さんに、閉院の予定日を伝え、他の医院・クリニックに紹介する必要があります。

引き継ぎ先の医院・クリニックが決まっているのであれば、自分で引き継ぎに訪問する必要もあるでしょう。

その際、患者から、まだ未払いのお金があれば、回収を完了することを忘れないようにしてください。

患者さんとのトラブルを回避するためにも、閉院することを2~3ヶ月前には知らせるようにしましょう。

しかし、閉院ではなく、開業したい先生に引き継ぐ場合は、このような作業は不要になることがあります。

スタッフにも閉院2~3ヶ月前には知らせる

閉院によるスタッフの解雇は、整理解雇に相当します。

整理解雇は使用者側の事情による解雇ですから、次の事項に照らして整理解雇が有効かどうか厳しく判断されます。

  1. 人員削減の必要性
  2. 解雇回避の努力
  3. 人選の合理性
  4. 解雇手続の妥当性

閉院では「人員削減の可能性」「解雇回避の努力」「人選の合理性」はあてはまりませんが、重要なポイントとなるのが「解雇手続の妥当性」です。

「解雇手続の妥当性」とは、労働組合または労働者に対して、解雇の必要性とその時期、規模・方法について納得を得るために説明を行うことを言います。

トラブル防止の観点では、閉院2~3ヶ月前にはスタッフか労働組合に告知し、十分な説明など誠実な対応をすることが大切です。

少なくともスタッフが余裕を持って転職の準備ができるようにしましょう。

医院・クリニック閉院に関わるコスト

医院・クリニックの閉院は、医院によって差があるものの、意外とコストがかかります。

廃業に関する手続きの代行費用

廃業にも手続きはたくさんあるので、代行は必須です。

コストもかかりますが、それ以前に開業に比べると、廃業の手続きを代行してくれる人を探すのは難しいです。

建物の取り壊し、もしくは内装の変更

クリニックが建物を借りて診療している場合は、建物を元の状態に戻して貸主に返さなければなりません。

元の状態に戻すということは、建物を取り壊すということになりますが、その際の費用がかかります。

また、借地でなくとも内装をスケルトンにする必要があり、その際も費用がかかります。

医療器具や薬剤などの医療廃棄物、検査機器の処分費用

医療器具や残った薬剤といった医療廃棄物は、専門の業者に処分してもらう必要があります。

検査機器については、買い取ってくれる場合もありますが、リース代が残っていれば、相殺して清算する必要があります。

その他、ローンの借り入れがあれば、閉院時に清算する必要がありますし、従業員がいれば退職金を支払わないといけません。

このような対応に要するコストは、数百万円程度と言われます。閉院には意外とコストがかかるものです。

開業時だけでなく、閉院するときもコストと手間がかかり、しかも開業時と違って得るものがありません。

一方で誰か開業したい先生に譲るほうが、逆に医院・クリニックの売却時に利益が生じます。

【まとめ】閉院の準備は計画的に

医院・クリニックは閉院すれば終わりというものではなく、閉院してからも院長(施設管理医師)には、様々なやることがあります。

医院・クリニック開業の時は、さまざまな税理士や行政書士、司法書士、社会保険労務士、開業コンサルタントなどが手伝ってくれます。

しかし閉院となると、その後の付き合いには繋がらないので、協力に消極的になることも多いです。

書籍に関しても、医院・クリニック開業に関することは多いのですが、閉院に関して書いてあるものはかなり少ないです。

にも関わらず、医院・クリニックの閉院に関する手続きは、意外とやることが多く、煩雑です。

そのため、閉院に関しても、早めに計画的に準備を進めるようにしましょう。

一方で、医院・クリニックを買い取ってくれる開業検討中の先生を紹介してもらい、承継する方法もあります。

そうなれば売却時に退職金代わりとなるくらいのお金が入ってきます。

一方で開業する先生にとっても、新規開業よりも低コストで開業することができます。

つまり、引退する先生にとっても、これから開業する先生にとっても、お互いにメリットになります。

ですから、医院の閉院よりは、なるべく継いでくれる先生を探すことも同時に検討すると良いでしょう。

医療法人の解散については、次の記事もご覧ください。

【関連記事】医療法人の解散(廃業)の手続きや税務、残余財産について

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プロフィール
笠浪 真

税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

                       

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