はじめに

一般の会社と変わらず、医院・クリニックでも残業時間や残業代に関するトラブルは多く、開業医の先生を悩ませています。

例えば残業を避けるために、スタッフが勝手に診療時間ぎりぎりの患者の予約や受付を断るといったことは、比較的見受けられることです。

開業医の先生には「医師が診察や治療を求められた際には、正当な事由なく拒否をしてはならない」という応召義務があります。診療時間ぎりぎりとはいえ、時間内であれば先生には診察の義務があります。

ですから、残業を避けるために勝手に受付で診療を断るようなことがあってはいけません。最悪応召義務違反に問われることもあり得るでしょう。

しかし一方で、院長先生は無条件でスタッフに残業を命じて良いわけではありません。無条件で残業をスタッフに命じることは、今度は労働基準法に抵触します。

そこで今回はクリニックのスタッフに残業をさせる法的根拠についてお伝えしていきます。

スタッフに残業させることができる3つの法的条件

そもそも冒頭のような話をすると、違和感を覚える開業医の先生も多いかもしれません。

これまで急患対応などで時間外労働の多かった先生にとっては、「急患が来てもスタッフに今日は帰っていいよ、なんてことが言えるか!」と思うでしょう。

24時間急患が来る過酷な状況を経験しており、「残業する、休憩が取れないのは当たり前」が根付いているかもしれません。

しかし、だからといって労働条件に関する取り決めがいい加減で許されるわけではありません。

むしろ、スタッフに納得して残業してもらうには、次の3つの法的条件を守る必要があります。

そうでなければ、本来院長先生はスタッフに残業を命じることができません。

どんな理由であれ、残業を無理やり強いることになれば先生の方が労働基準法違反に問われることになります。

最近は労働基準監督署の調査が入るクリニックも少なくありません。それでは、一つひとつ解説していきます。

36協定の締結・届出

36協定を締結し、管轄の労働基準監督署に届出をしていることが必須条件となります。

36協定とは、夜勤などを含む時間外労働や休日出勤をしてもらう際に必要な手続きです。労働基準法第36条に定められているため、36協定と呼ばれているのです。

クリニックの場合は全スタッフの過半数の代表者と協定を結び、必ず書面で作成し、管轄の労働基準監督署まで届け出る必要があります。

36協定で何を定めるかというと、具体的に次のようなことを定めていきます。

・時間外労働をさせる具体的理由
・対象労働者の業務内容と人数
・延長することができる時間数(1日単位・1ヶ月単位・1年単位)

ただし、後述するように3つめの延長することができる時間数については上限があります。

就業規則に規定

就業規則などに「36協定の範囲内で時間外労働をさせることができる」旨の規定をしている必要があります。

クリニックの就業規則の作成義務は、スタッフが10人以上いる場合に限っているので、なかには就業規則がないクリニックもあるでしょう。(労働基準法第89条)

しかし、就業規則は労働条件や就業ルールを取り決めるもので、労使トラブルを回避するには有効です。

特に開業直後は離職が相次いだり労使トラブルに巻き込まれるリスクが高くなります。できれば10人未満のスタッフのクリニックでも開業時に就業規則は作成しておくことをおすすめします。

割増賃金の支払い

時間外労働をさせた場合に、労働基準法第37条に定める割増賃金を支払うこと。つまり残業代については、割増賃金率も考慮して支払わなければいけないということです。

具体的には割増賃金率については次のように定められています。

時間外労働 25%以上(月60時間を超える時間外労働については50%以上)
休日労働 35%以上
深夜労働 25%以上

割増賃金の計算式は次のようになります。

割増賃金額=1時間当たりの賃金額×時間外労働時間数×割増賃金率

時間外労働が深夜帯(22:00~翌5:00)となった場合は50%以上(25%+25%)、休日労働が深夜業となった場合は6割以上(35%+25%)の割増賃金を支払う必要があります。

時間外労働の限度基準と特別条項

36協定には「時間外労働の限度基準」というものがあり、原則月45時間、年間360時間の上限が設けられています。

しかし繁忙期など特別な事情がある場合は「特別条項」を締結すれば、上記の時間を超えて残業をさせることが可能です。

「特別条項」を発動できるのは年間6回(1年のうちでトータルで半年)という上限はありますが、上限時間は特に定められていません。

つまり、事実上無制限に労働時間を延長することができてしまい、当然長時間労働を助長することになってしまいます。

時間外労働の上限規制

2017(平成29)年3月28日に閣議決定された「働き方改革実行計画」で、罰則付きで時間外労働の上限規制が導入されることになりました。

具体的には時間外労働時間の上限を「年間720時間」、単月では最大「100時間未満」とするものです。(特別条項の2~6ヶ月間の平均は「80時間以内」)

2015年の電通の過労自殺をはじめ、100時間を大幅に超える長時間労働で過労死に追い込まれたケースが後を立たないのも背景のひとつでしょう。

誤解されやすいのは単月で最大「100時間未満」、特別条項の平均「80時間以内」という上限は、休日労働を含めた上限になります。

一方で年間の上限「720時間」という数字は休日労働が含まれておらず、休日労働を含めると計算上「960時間」が上限になります。

この単月100時間以内、2~6ヶ月平均80時間以内、年間960時間という数字が現状厚労省が解釈している過労死ラインと言えるでしょう。

なお勤務医については、この罰則付きの上限規制は適用を見送られてましたが、2024年4月から適用される予定です。

しかし、この上限規制については年間「1860時間」という過労死ラインの2倍にあたる案も示されており、今後の動向が気になるところです。

クリニックの所定労働時間

これまで残業時間(時間外労働)についてお話しましたが、そもそも残業時間とは所定労働時間を超えた労働時間です。

この所定労働時間は、ご存知の通り「1日8時間以内、1週40時間以内」ということになっています。

ただ、この労働時間は診療時間とイコールでないことを認識しておく必要があります。

診療前の準備時間、診療後の後片付け、ミーティングや研修も基本的には労働時間になることを忘れないようにしましょう。

なお、10人未満のクリニックでは所定労働時間を1週44時間までの範囲で設定できる特例があります。

しかし院長先生にとっては有利なことでも、スタッフから見れば不利な条件です。

ですから求人募集などで他のクリニックと比較された場合、採用で不利となる覚悟は必要でしょう。

残業拒否したスタッフを解雇できるのか?

スタッフに残業を命令するには、36協定と就業規則の規定、割増賃金の支払いの3つが必須とお伝えしました。

では、この条件が揃っているからといって、残業拒否したスタッフに対して解雇できるかと言えば、もちろんそれはできません。就業規則に基づいた手続きをしなければいけません。

例えば、診療の予約を勝手に調整して残業を避けるスタッフに即解雇を命じるのは不可能です。

これは労働基準法16条で言うところの「解雇権の乱用」にあたります。

解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

つまり、やる気がない、協調性がない、勝手な行動が多い……これだけの理由では基本的に解雇はできないわけです。

もちろん、このような問題あるスタッフを放置するのは、他のスタッフのやる気も削いでしまい、大量離職に繋がります。その場合は解雇の前に退職勧奨による合意退職にもっていくことも検討しましょう。

懲戒解雇や退職勧奨については、以下の記事で詳しく書かれていますので、そちらも併せてご覧ください。

【関連記事】クリニック内のスタッフを「懲戒解雇」する前に注意しておきたい3つのポイント

【関連記事】【医院・クリニックの退職勧奨】スタッフ問題に悩む開業医の先生へ

ダラダラ残業を防止するために

クリニックでも一般企業と同様にダラダラ残業が蔓延しているケースが多くあります。

ダラダラ残業が蔓延してしまうと、スタッフの残業代や水道光熱費が膨れ上がったり、全体の生産性が落ちるなど損失が大きくなります。

そこで、ダラダラ残業を防ぐために、残業のルールはある程度決めておいた方が良いでしょう。

    1. 残業の理由を明確にして、さらに改善する

「何のためにやるか」を確認するだけでなく、「今後残業が発生しないようにするにはどうするか」といったことも確認し、改善につなげましょう。

    1. 緊急性・必要性を判断する

「今日やらなければいけない業務か」「緊急を要するか」「あなたがやらないといけないのか」を確認します。例えば次の勤務の交代者で対応できるのであれば任せましょう。また明日できることは明日にしましょう。

    1. 職員の健康状態を考慮する

残業が続いていないか、昼休憩などしっかり休憩は取っているのか、体調に問題ないかは残業を命じる前に確認しましょう。

【まとめ】働きやすい職場環境に改善を

急患がいつやってくるかわからない医療業界の労働時間については、今でも様々な議論がされています。

「人の命が関わっているときに、時間外労働がどうのこうの言ってられるか!」という気持ちもわかります。

しかし、一方で医師や看護師不足に苦慮する地域が多いのも事実で、こうした実態がさらに過酷な労働を生む悪循環になっています。

こうした流れを断ち切るためにも「労働時間の削減」と「医療の質の向上」は切実な問題です。

働きやすい職場環境に改善しなければ「求人の募集しても人が集まらない」「スタッフがすぐ辞める」といた問題は解決できません。

医院・クリニックでも時間外労働をはじめとした労務改革が必要なのは言うまでもないでしょう。

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