Contents

はじめに

医療過誤(医療ミス)による医療訴訟の患者側の勝訴率(病院やクリニック側の敗訴率)については、2016年以降は2割以下になっています。

しかし、だからといって医院・クリニックにとって医療訴訟は歓迎されるものではありません。

できれば、示談交渉によって損害賠償額を支払うことで解決したいところです。

医療訴訟ともなれば、解決まで時間がかかってしまい、クリニックの先生は本来の医療に集中することができなくなります。

また、裁判を起こされれば、先生の医院・クリニックのイメージは大きな打撃を受けることになります。

ここでは、医療過誤による訴訟の実態を知ったうえで、医院・クリニックの先生が対策しておくべきことをお伝えします。

医療過誤(医療ミス)と医療事故の違いを患者は理解していない

まず、医療過誤と医療事故という用語ですが、この2つの用語は似ているようで微妙に違います。

医療事故は、「クリニック側の過失がある(医療ミス)」場合と「クリニック側の過失がない」場合の両方の意味を含みます。

一方で医療過誤というと、「クリニック側に過失がある場合(医療ミス)」のみを示します。

つまり、医療過誤=医療事故というわけではなく、医療事故の中に医療過誤が含んでいることになります。

この言葉の微妙な違いを理解している患者さんはほとんどいません。

実際に、医療法律相談の場では「病院は医療事故を認めているので、賠償してくれると思います」と言う患者さんやご家族は多いと言います。

しかし、よく調べてみるとほとんどが「過失のない医療事故」であり、賠償責任の生じる医療過誤には至らないのが大半です。

しかも、医療法律相談の場では、そもそも医療事故ですらない場合が9割を超えていると言われています。

病院側からしたら、余計な医療紛争や揉め事が増えるリスクが高いことになります。

医療訴訟の患者側(原告)の勝訴率は2割以下の本当の意味

一方で医療訴訟に発展した場合、現在の患者側(原告)の勝訴率は2割以下です。

2016年の患者側の勝訴率は17.6%です。

それでも、2000年の原告勝訴率は46.9%だったのですが、2006年頃から減少傾向に至り、今では20%を切ってしまったのです。

これは医療過誤の冤罪事件としても有名な福島県立大野病院事件がきっかけと言われています。

覚えているクリニックの先生も多いのではないかと思います。

結局その事件は明らかに医療過誤とは言えないものと判決が下され、被告の産婦人科医は無罪を言い渡されました。

その後、この事件が地域における医療を萎縮させたという批判が高まり、原告側の勝訴率が減少したと言われています。

実際に、大野病院事件の頃を境に、医療訴訟の患者側の勝訴率は激減傾向にあります。

そして、今では20%を切っています。

医療過誤に関係ない通常訴訟の場合、原告側が勝訴する確率は約80%であることを考えれば、これは大きな差です。

では、これは医院・クリニック側にとって圧倒的に有利な数字かといえば、本当の意味を読み取ると、必ずしもそうではないのです。

医療訴訟の半分は和解金を支払うことで決着する

1つは、医療訴訟は和解に持ち込むケースが半分以上を占めていることです。

ですから、先の大野病院事件のように明らかな冤罪と判決が出れば話は別ですが、病院側が完全勝訴するということではないのです。

死亡に至った医療過誤であっても、数千万円の和解金で和解が成立したというニュースをたまに見ないでしょうか?

これは高度な医学的な専門性が求められる専門訴訟では、裁判官が判決書を書くことが難しいためです。

つまり、患者側を勝たせる判決ができないんですね。

ですから患者側に多額の和解金を請求する形で、和解を勧めることが多いのです。

医療過誤という訴訟の特性上、和解金で解決することも多いかもしれません。

和解となれば高等裁判所でまた争うことはなく、その場で紛争は解決するのは、患者側にも病院側にも良い話です。

しかし病院側から見れば和解したとは言っても、クリニックのイメージは大きな打撃を受けることになります。

また、訴訟期間中は、先生を始め病院関係者は医療に専念することができません。

病院弁護士が裁判を仕掛けたがる

医院・クリニック側としては、医療過誤が起きたときは最初から示談で済ませたいものです。

クリニックは医師損害賠償責任保険に加入しているため、医療過誤で損害賠償を支払うことになっても保険が降ります。

むしろ、1日も早く紛争を決着して、クリニック関係者がまたいつものように医療に専念できることを望んでいるのです。

しかし、病院弁護士は必ずしも、そんな先生方の意向を組むことなく、裁判を起こしたがる人もいるようです。

つまり、本当は裁判なんて必要ないのに、裁判に持ち込まれてしまうこともあるようです。

先に述べたように、患者側の勝訴率が低いというのも、病院弁護士が裁判を起こしたがる理由の1つでしょう。

賠償額が折り合わないのはなぜ?

もうひとつ、病院やクリニック側が過失を認めているのに医療訴訟に発展する可能性が高いのは、損害賠償額で患者側と折り合わないから。

そのようなイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか?

しかし、これはよく考えたら変な話です。

損害賠償額は、裁判所基準の算定方法に従って計算すれば、誰が算定しても同じ金額になるからです。

だから、本来であれば正しい計算方法で損害賠償額を病院側が提示すれば示談が成立するはずです。

でも患者側は、そんなことは知りません。

大半は「裁判を起こしたほうが損害賠償額が増える」と思っていますが、その大半は勘違いです。

損害賠償額が変わらないのであれば、医療訴訟を起こす意味はありません。

むしろ、弁護士の着手金、裁判費用、私的鑑定意見書料などの費用がかかるので、患者にとっても受け取れる損害賠償額は目減りします。

患者側の損害賠償請求額から減額させれば、成功報酬として病院弁護士に対する弁護士報酬が増えます。

しかし、先に書いたように、裁判所基準である程度賠償額が決められている病院にとっては、大きなメリットではありません。

以上、医療訴訟の原告側の勝訴率は2割以下とかなり低いのですが、そもそも示談で済むのに訴訟に持ち込んでいるのも含まれているのではないかと思います。

医院・クリニックが医療紛争を防ぐための6つの対策とは?

先に紹介した大野病院事件の被告の無罪判決は、患者側の勝訴率だけでなく、医療訴訟件数の減少にも繋がりました。

しかし、その医療訴訟件数は近年再び上昇傾向にあります。

繰り返しますが、医療訴訟で病院側が敗訴するケースは少ないものの、医療訴訟そのものを避けたいところです。

また、医療過誤どころか医療事故でもないのに、医療法律相談に来る人がいるということは、余計な紛争が起きているということです。

それでは、このような紛争に至らないようにするために、クリニックの先生が対策しておくべきことはなんでしょうか?

医師と患者のコミュニケーション不足を解消する

まず、医療過誤や医療事故でもないのに、患者さんが誤解してしまうのは、医師と患者とのコミュニケーション不足によるものが多いです。

  1. 診察中、患者さんと目を合わせなかったりしていませんか?
  2. 患者さんやご家族の話を遮ったりしていませんか?
  3. 患者さんの質問に不機嫌になっていませんか?

患者側の目線で立つと、このような印象を持たれているクリニックの先生は少なくありません。

これでは患者側の不信感は募るばかりで、医療訴訟とはいかないまでも何らかのトラブルに発展する可能性があります。

そうでなくとも、徐々に患者さんが離れていき、集患できなくなるのは目に見えています。

これで失敗する開業医の先生はたくさんいます。

医師としての技量が良ければ良いわけではないのです。

逆に患者さんとの信頼関係を築けているならば、このようなトラブルに至ることはめったにありません。

もちろん、医療訴訟に発展するようなことはほとんどないでしょう。

先生は患者さんとコミュニケーションを図っているつもりでも、他の看護師やスタッフはそうではないかもしれません。

クリニック全体の課題として、コミュニケーションの改善に取り組むことは、余計な紛争を防止するだけでなく、売上の安定に繋がります。

医師の説明義務を果たす

患者さんとの余計なトラブルを避けたいならば、患者さんから医療過誤と誤解されないようなことが重要です。

もともと、先生は患者さんに対して診療内容を丁寧に説明する義務があります。

患者さんは、どのような治療をいつ受けるのか、そもそも治療を受けるのか受けないのかという自己決定権があります。

でも、そのためには先生は患者が自己決定できるような情報を提供する必要があります。

患者さんから聞かれるまで説明がないような状態だと、患者さんやご家族は不信感を持つことになります。

先生にとって想定内の事態であっても、患者さんにとっては想定内の事態ではありません。

治療によって想定されることは、当然患者さんに説明を行うべきです。

重篤なのに「大丈夫ですよ」を言わない

患者さんの病状が急変して危篤に陥るようなことが起きた場合、先生はご家族を励まそうとしてませんか?

全然大丈夫ではなく、希望がないのに「大丈夫ですよ」と言ってませんか?

ご家族を落ち着かそうとして、つい励ましの言葉をかけてしまいがちですが、これも良いことではありません。

「大丈夫ですよ」なんて言って、治療の甲斐なく亡くなったらご家族はどう思うでしょうか?

「大丈夫って言ったじゃないか!」

と、何らかの医療過誤があったのではないかと疑います。

ですから早い段階で、患者さんやご家族には「覚悟はしておいてください」と予想される結末を説明したほうが、揉めることはなくなります。

特に助かる見込みがほぼゼロなのに、安易に希望を持たせるような声はかけないようにしましょう。

看護師が医療過誤を疑われるようなことをしていないか?

先にも書いたように、患者さんとのコミュニケーションは、先生だけの問題ではありません。

看護師や他のスタッフのコミュニケーションや態度も、患者さんとの信頼関係に大きく影響します。

  1. 入院中にナースコールをしても看護師が来てくれない
  2. 担当ではないからといって対応しなかった
  3. 患者が危篤状態なのにナースステーションから看護師の笑い声がした

このようなことが積み重なると、患者さんは不満を募らせていき、看護師の勤務態度に是正を求めることがあります。

このような状態で、もし患者さんが亡くなるようなことがあれば、医療紛争に発展してしまうことがあります。

そもそも看護師やスタッフの勤務態度は、患者との信頼関係を左右し、クリニックの評判に影響します。

看護師やスタッフに対しては、十分な教育を施したり、態度が改まらない場合は最悪退職勧奨も考えましょう。

患者さんの言葉を鵜呑みにしない

医療過誤のよくあるケースの1つとして、医師が異常と気付かずに患者さんを帰宅させ、手遅れになる場合です。

患者さんの顔を見れば病名はなんとなくわかる、というのはドラマや映画だけの話です。

重症感がない、典型的な症状が揃っていない場合、即入院して治療や手術が必要なのに、帰宅させてしまうことは結構あります。

思いのほか、患者さんのなかには、体調が悪いのに「大丈夫だろう」と我慢してしまう人が結構います。

その結果、「よくなってきました」「大丈夫だと思います」という言葉を発してしまったり。

このような患者さんの言葉を鵜呑みにしてしまうと、本当は重大な病気なのに見落としてしまい、命を落とすことがあります。

ですから患者さんの言葉を鵜呑みにせず、症状を正しく伝えてもらい、重大な病気を見落とさないようにしましょう。

すぐに医療訴訟を起こしたがる病院弁護士は避ける

最後に、実際に医療過誤などで患者側と紛争に陥ってしまった場合です。

先に書いたように、病院弁護士のなかには、自分の利益になるからといって、医療訴訟に持っていこうとする人がいます。

また、病院弁護士は、通常訴訟のように、賠償額を下げることが正義だと思っている方もいます。

しかし、損害賠償額はある程度の基準があり、計算で求められますし、裁判になったところで大きく変わることはありません。

また、損害賠償については保険がおりるので、先生にとっては早期解決して、医療に専念したいところです。

ですので、示談交渉の相談をしているのに、医療訴訟に話を持っていく病院弁護士がいれば避けたほうが良いでしょう。

まとめ

以上、今回は医療訴訟の実態と、クリニックの先生が医療紛争を防ぐための対策についてお伝えしました。

医療過誤がないように、ヒヤリハット事例などを事例にして対策することは重要です。

しかし、このような安全対策と同様に、患者さんに医療過誤だと誤解されないようにすることも大切です。

適切な処置をしているのに、医療過誤だと思われ、紛争に陥ることは結構あるのです。

医師としての技量も大事ですが、患者さんへのコミュニケーション、説明責任についてクリニック全体で改善していきましょう。

ご相談・お問い合わせ

お問い合わせはこちらから

この記事の執筆・監修はこの人!
プロフィール
笠浪 真

税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

                       

こちらの記事を読んだあなたへのオススメ