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はじめに
医院・クリニックを開業したものの医院経営に失敗したり、散財を繰り返して自己破産するケースがあります。
医師は借金や債務整理、自己破産とは程遠いイメージがあるかもしれませんが、医院開業には莫大な借入金が発生するため、リスクはあります。
もし、医師が自己破産するとどうなるのでしょうか?
また自己破産しても医師を続けることは可能なのでしょうか?医療法人の理事だった場合はどうなるのでしょうか?
自己破産・個人再生・任意整理・特定調停の違い
債務整理をする方法は、自己破産の他、個人再生、任意整理、特定調停があります。
まずは各々の債務整理の特徴についてお伝えし、そもそも自己破産とは何か、他の債務整理の方法には何があるかを理解しましょう。
自己破産
まず、そもそも自己破産とは何か?というお話をすると、自己破産とは、破産法に従って、債務者(借金した人)の今ある財産を現金化して、現金を債権者(お金を貸した人)に平等に返済する手続きです。
借金の返済義務を免除する代わりに、ほとんどのケースでは家や車を手放して現金化することになります。
詳しくは後述しますが、現金化して債権者に返すといっても、無一文になるわけではありません。
個人再生
自己破産と似たようなものに、個人再生というものがあります。自己破産は「支払不能」な場合に適用され、個人再生は「支払不能の恐れ」がある場合に適用されます。
つまり、まだ借金の支払いの余地がある場合に個人再生を検討することになります。
個人再生は借金を減額した上で再生計画案(返済計画)を作成し、裁判所に認可されたうえで3~5年かけて返済します。
借金の返済義務が完全に免除されないかわりに、持ち家を手放さずに済むなど、自己破産よりは財産を残せることが特徴です。
借金は概ね1/5以上に圧縮されることが多いです。ただし、個人再生には明確な条件が定められています。
任意整理
任意整理は借金の返済不能だったり、その恐れがある人よりは、比較的借金が少ない人に適用されます。
債権者と交渉することにより、無理なく返済できるように利息をカットしたり、返済方法(金額や返済期間)を調節したりする手続きです。
過払い金などがあった場合に将来の借金返済額を減額したり、返済期間を短縮するような場合に多く適用されます。(将来利息のカット)
借金を圧縮したり免除されるわけではないので、自己破産や個人再生と違って財産の整理はありません。
特定調停
特定調停も、過将来利息のカット等に用いられますが、金銭債務を負っていて経済的に破産する恐れのある人に適用されます。(特定債務者)
任意整理が和解合意(裁判外手続き)の性格を持つことに対し、特定調停は調停にて各債権者と合意します。
ただ、任意整理と違って過払い金の取り戻しは行われず、過払い金を考慮した調停をすることは困難です。
自己破産・個人再生・任意整理・特定調停の比較表
自己破産、個人再生、任意整理、特定調停の比較表を以下に示します。他の債務整理と比較することで、より自己破産とは何かがわかりやすくなったかと思います。
自己破産 | 個人再生 | 任意整理 | 特定調停 | |
---|---|---|---|---|
借金に与える効果 | 借金全額が免除される | 借金の総額を数分の1に圧縮 | 利息制限法+将来利息カット | 利息制限法+将来利息カット |
申立要件 | 支払不能 | 支払不能の恐れ | 特になし | 支払不能の恐れ |
手続きにかかる費用 | 20~40万円 | 30~60万円 | 着手金1社あたり2~4万円+減額報酬10% | 1社500円程度 |
新規借入れ | 5~10年不可 | 5~10年不可 | 約5年不可 | 約5年不可 |
家や財産に対する影響 | 家や車などの財産はすべて現金化し処分される | 車は残せないが、持ち家は残せる。 | 影響なし | 影響なし |
法律 | 破産法 | 民事再生法 | 民法 利息制限法 出資法 | 特定調停法 民事調停法 |
自己破産したら医師免許はどうなる?
自己破産というと、「借金を返さなくて良くなるかわりに、無一文になり職も失う」というイメージを持っている方が多いです。
実際に医師が自己破産したら医師免許はどうなるのでしょうか?
結論からいくと自己破産したところで医師免許は剥奪されません。
つまり、医院開業に失敗して自己破産したとしても、すぐに勤務医に戻ってやり直すことができます。
では開業に失敗した医師が勤務医に戻ったら、勤務先の病院に自己破産した事実がバレたりするのでしょうか?
これは官報をチェックしていなければ自己破産した事実がバレることはほとんどないでしょう。
履歴書で「自己破産した」と自分で書くようなこともありません。しかし、面接時に「なぜ開業したクリニックを廃業したのか?」といったことは聞かれる可能性はあります。
第三条 未成年者、成年被後見人又は被保佐人には、免許を与えない。
第四条 次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
二 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
三 罰金以上の刑に処せられた者
四 前号に該当する者を除くほか、医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者【参考】医師法第3条、第4条
自己破産した後で、もう1度開業医ができるか?
自己破産して勤務医に戻ることは問題ありませんが、もう1回開業医としてリスタートすることは可能でしょうか?
結論を言うと、10年程度は開業医を続けたり、もう1回クリニックを開業することは難しいでしょう。
医院開業で資金調達は必須の課題ですが、自己破産することでそもそも新たな借金ができなくなるためです。
お金を借りられない期間はだいたい10年くらいかと思われます。
というのは信用情報にブラックリスト登録される期間はCICとJICCが5年、全銀協(KSC)は10年であるためです。官報の記録も10年です。
銀行から融資を受けようとするには、全銀協のブラックリスト登録が消えない限りは厳しいと思われます。
医療法人の理事が自己破産した場合はどうなる?
それでは、派手にお金を使いすぎた、投資詐欺にあった等の理由で医療法人の理事が自己破産した場合はどうでしょう?
この場合も、特に医療法の記載で、自己破産が医療法人の理事の欠格事由に当たるような記載はありません。
1.法人
2.成年被後見人又は被保佐人
3.医療法、医師法、歯科医師法その他医事に関する法令の規定により罰金以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった日から起算して二年を経過しない者
4.前号に該当する者を除くほか、禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなるまでの者(理事の欠格事由)医療法第46条の5第5項
ただ、医療法人の理事に関しては内部の約款で退任事由とされていることがあり、その場合は理事を降りる必要が出てきます。
自己破産した医療法人の理事長が退任し、クリニックを別の方に譲って自分は同じクリニックで勤務医として働くケースも想定されます。
自己破産すると無一文になる?
ここまでで、医師は自己破産しても免許は剥奪されないということがわかりました。
もうひとつ、自己破産すると財産が差し押さえられ、無一文になるというイメージを持つ方がいますが、実際はどうでしょうか?
破産手続きが開始されると原則として、家や車といった、債務者の財産は基本的に差し押さえられ、管理・処分ができなくなります。
自己破産することで借金返済が免除される代わりに、今ある財産を現金化して、債権者に返済しなければいけません。
一方で、自己破産には「債務者を再生させる」という目的も含まれています。
利害関係人の利害及び債務者と債権者との間の権利関係を適切に調整し、もって債務者の財産等の適正かつ公平な清算を図るとともに、債務者について経済生活の再生の機会の確保を図ることを目的とする。
破産法第1条(目的)
この法律は、支払不能又は債務超過にある債務者の財産等の清算に関する手続を定めること等により、債権者その他の
そのため、債務者が利用できる財産も定義されており、決して無一文になるわけではありません。
具体的には、破産手続開始後に得た財産や差押禁止財産(衣服・寝具・家具・台所用具・99万円以下の現金など)です。
これらの財産については、債務者が自由に処分できることになっており、本来的自由財産と呼ばれています。(破産法第34条)
また、本来的自由財産ではない財産であっても,裁判所の決定によって自由財産として取り扱うことができることもあります。(自由財産の拡張)
自己破産によって返済がすべて免除されるのか?
自己破産は、借金のすべてが免除されるイメージがあります。基本的には返済が免除されますが、一部例外があります。
具体的には税金や罰金、養育費、損害賠償といったものは免除されません。
その他、次の一例にあたるような免責不許可事由にあたるものは返済が免除されません。(破産法第252条)
・解約返戻金が高額となる保険を隠している
・浪費やギャンブルによる借り入れ
・一部の債権者のみに対する弁済(偏頗弁済)
偏頗弁済の一例で気をつけたいのは友人、親族、会社からの借入金を返済しているのに、銀行や貸金業者からの借入金は返さない場合です。
破産手続きは銀行や貸金業者からの借入れだろうが、友人からの借入れだろうが、一切区別されることはなく、同列に扱われます。
家族から借りたお金は返して、貸金業者からの債務は破産して返済を免除ということはできませんので注意しましょう。
【まとめ】自己破産しても勤務医には戻れる。しかし早めに専門家に相談を
弁護士の先生に伺うと、自己破産する先生の大半は、本当にギリギリまで何とか借金を返済しようと粘る方がほとんどだそうです。
すでに相談に来られる際は、何も手の打ちようがなく、自己破産の手続きをすることになるとか。
しかし、本記事でもお伝えしたように債務整理の方法は他にもあるので、早めに専門の弁護士などに相談すると良いでしょう。
また、例え自己破産に陥ったとしても、勤務医に戻ることは可能ですし、完全に無一文になるわけではありません。
自己破産というと、お先真っ暗なイメージを持つ方も多いですが、もともと破産法は債務者の再生という目的も含まれています。
職を失ったり、最低限の財産は残ることは一つの安心材料と言えるでしょう。
ご相談・お問い合わせ

- 笠浪 真
税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢42人(R2年4月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。
医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。
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