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はじめに

遺産相続の際、資産だけでなく借金等の巨額の負債が含まれている場合は「相続放棄」が有効なことがあります。

開業医の先生が被相続人であってもこのようなケースは考えられます。不動産投資の借金など実は巨額の負債が隠されていたということもあるでしょう。

また、個人開業のクリニックや医療法人の場合は後継者が誰もいなくて閉院する場合に相続放棄することもあるかと思います。

しかし、相続放棄を選択すると、負債だけでなくプラスの資産も受け取れなくなるので慎重な検討が必要です。

しかし相続放棄の申立ては原則的に期限があります。そこで今回は相続放棄の申立ての期限と、その例外を中心にお伝えしたいと思います。

大きく分けて相続方法は3つある

まず、相続方法には大きく分けて「単純承認」「限定承認」そして今回のテーマの「相続放棄」の3つがあります。

相続の開始を知ったときには、最初はこの3つでどれを選択するかを決める必要があります。

単純承認

一般的に「遺産相続」「相続」と言うと、この「単純承認」のことを示します。

プラスの資産(不動産や預金、株式など)もマイナスの負債(借金等)も被相続人の遺産をすべて引き継ぐ方法です。

そういう意味で考えれば、単純承認しか知らないというのは怖いことです。

実際に巨額の負債が見つかったけど、限定承認や相続放棄のことを知らずに、負債を背負うことになるケースもあります。

「亡くなった父親の借金を肩代わりすることになった」というドラマみたいな話は決して珍しくありません。

限定承認

相続したプラスの資産の範囲内で、マイナスの負債を相続するのが『限定承認』です。つまり、相続人は相続財産以上の借金の責任を負わなくて良いとする方法です。

「資産と負債でどちらが多いか分からない」「遺産の中にどうしても取得したい財産がある」などの場合に有効です。

相続放棄は負債だけでなく資産も放棄しなければいけませんので、一律で相続放棄をしてしまうともったいないことがあります。

しかし限定承認は、相続人全員が同意して行わなければならないため時間と手間がかかります。

1人でも「単純承認したい」と言えば限定承認はできません。

それに限定承認をすると“相続財産管理人”が選任され、遺産の調査が行われます。

相続財産管理人は必ず相続人の中から選ばなければならないため、この点についても事前に調整が必要となります。 (手続きについては弁護士等の専門家に委任が可能)

なお誤解されやすいのですが、相続人が限定承認をしたからといって相続する債務が減少するわけではありません。

限定承認とは、相続人の責任の範囲を限定しただけであって、債権者側は相続人に対して債務全額の請求をすることは可能です。

単純に「相続放棄よりはましだ」という話ではないので注意が必要です。実際に限定承認を選択するケースは他の2つよりはかなり少ないのが現状です。

相続放棄

相続放棄は資産も負債も一切相続しないという方法です。

遺産が明らかに債務超過であるなど、相続に一切関わりたくない場合に利用します。

また相続人が破産手続きをしている間に被相続人が亡くなった場合、相続財産を手放すために相続放棄を選択することもあります。

相続放棄は借金を返済する必要がなくなり相続争いに巻き込まれなくなるメリットがある一方で、次のデメリットもあります。

・プラスの資産も放棄しないといけない
・相続放棄は撤回ができない
・相続放棄すると相続人が変わるので、関係者全員に説明しないとトラブルになる
・生命保険や退職手当金の非課税枠が使えない

このようなことがあるので、本当に資産より負債の方が上回っているのか、相続放棄で損をしないのか、他の関係者に迷惑をかけないか。

このような懸念があるので、相続放棄を決断するには時間がかかることもあるでしょう。少なくとも慎重に検討していく必要があります。

しかし相続放棄や限定承認は期限があります。

相続放棄の申立ては相続開始を知ってから3ヶ月以内が原則

相続放棄や限定承認については、「相続を開始したことを知ったときから3ヶ月以内」に裁判所に対して申立てが必要になります。

「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない」

つまり、3ヶ月以内に上記の「単純承認」「限定承認」「相続放棄」を選択する必要があるということです。この相続方法を決めるまでの期間を「熟慮期間」と言います。

3ヶ月以内に所定の手続きがない場合は、自動的に単純承認したものとしてみなされてしまいます。

相続放棄を考えるのであれば、

・本当に負債の方が大きいのか?
・限定承認にした方が良いのではないか?でも限定承認なら他の相続人も同意しないといけない
・自分が相続放棄した場合、相続人になるのは誰か?そしてみんな納得するのか?

これらのことを原則的に3ヶ月以内に決めないといけないということです。

3ヶ月の期限が過ぎても相続放棄できる3つのパターン

しかし、この3ヶ月という期間については特例があり、期限が過ぎても相続放棄できる場合があります。

財産調査が終わらない場合

3ヶ月以内に相続方法を決めないといけないといっても、被相続人の財産が多くて3ヶ月以内で財産調査ができないということもあるでしょう。

開業医の先生でも、分散投資や税金対策を理由に、多くの資産を持っていることは珍しくありません。

このような場合は、家庭裁判所の手続きで熟慮期間を伸長することができます。

民法915条第1項でも、「ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において、伸長することができる」とただし書きがされています。

熟慮期間は、1回の伸長ごとに1~3ヶ月ずつ伸長されます。家庭裁判所が必要と判断すれば、複数回の期間の伸長が認められる場合があります。

なお、熟慮期間の伸長は被相続人1人に対してではなく、各相続人個別に認められるものです。

相続人が複数名いる場合で、各々熟慮期間の伸長を望む場合は、相続人それぞれが申立てを行う必要があるので注意しましょう。

熟慮期間の伸長が認められない場合はある?

熟慮期間の伸長については、ただ単に仕事が多忙のため財産調査ができないという理由では、ほぼ認められません。

多忙な開業医の先生が相続人の場合、このようなケースも起こりえますが、残念ながら忙しいという理由だけでは伸長は難しいでしょう。

相続財産が多い、相続財産の構成が複雑などの客観的理由を示して家庭裁判所に申し立てをしましょう。

被相続人の死を知らなかった場合

もう1度、民法915条1項の条文を見てみましょう。

「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない」

この「相続の開始があったことを知った時から」とは、「被相続人が死亡したこと、および自分が相続人であること」を意味します。

つまり、被相続人が死亡したことを知らない場合は、被相続人の死から3ヶ月以上経っていても相続放棄が可能になります。

ただし、この場合は死亡を知らなかったことを事情説明書等で説明しなければなりません。

熟慮期間を過ぎてから後々借金が見つかった場合

財産調査や生前の被相続人の生活状況から、借金はないだろうと思っていたら、熟慮期間を過ぎてから思わぬ巨額の借金が発覚して請求された。

このようなケースの場合はどうでしょうか?

じつは熟慮期間が過ぎても相続放棄が認められないとは限りません。マイナスの相続財産が存在しないと信じる相当の理由がある場合には、例外的に相続放棄が認められる場合があります。

ただ、この場合明確な基準があるわけではなく、ケースバイケースで裁判所に委ねられるのが実情のようです。

極力熟慮期間内で相続方法を決定できるほど財産調査を終え、厳しければ熟慮期間の伸長の申立てをするのが良いでしょう。

【まとめ】相続放棄は期限が過ぎても可能なことがある

原則的に相続放棄や限定承認を選択するのは、相続が開始されてから3ヶ月以内です。

しかし次のような場合は期限が過ぎても申立てが可能になります。

 

事由熟慮期間の伸長
財産調査が明らかに3ヶ月以内に終わらない場合 熟慮期間の伸長の申立てが必要
何らかの理由で被相続人の死亡を知らなかった 熟慮期間にカウントされない。死亡を知った日から熟慮期間がカウントされる
熟慮期間を過ぎたあとに思わぬ借金が発覚した 相続放棄が認められる場合もあれば認められない場合もある

 

原則的には3ヶ月以内に「単純承認」「限定承認」「相続放棄」を決定したいところです。

しかし、上記のようなケースに該当すれば、3ヶ月を過ぎても相続放棄が可能であることは知っておくと良いでしょう。

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プロフィール
笠浪 真

税理士法人テラス 代表税理士
税理士・行政書士
MBA | 慶應義塾大学大学院 医療マネジメント専攻 修士号

1978年生まれ。京都府出身。藤沢市在住。大学卒業後、大手会計事務所・法律事務所等にて10年勤務。税務・法務・労務の知識とノウハウを習得して、平成23年に独立開業。
現在、総勢52人(令和3年10月1日現在)のスタッフを抱え、クライアント数は法人・個人を含め約300社。
息子が交通事故に遭遇した際に、医師のおかげで一命をとりとめたことをきっかけに、今度は自分が医療業界へ恩返ししたいという思いに至る。

医院開業・医院経営・スタッフ採用・医療法人化・税務調査・事業承継などこれまでの相談件数は2,000件を超える。その豊富な事例とノウハウを問題解決パターンごとに分類し、クライアントに提供するだけでなく、オウンドメディア『開業医の教科書®︎』にて一般にも公開する。

医院の売上を増やすだけでなく、節税、労務などあらゆる経営課題を解決する。全てをワンストップで一任できる安心感から、医師からの紹介が絶えない。病院で息子の命を助けてもらったからこそ「ひとつでも多くの医院を永続的に繁栄させること」を使命とし、開業医の院長の経営参謀として活動している。

                       

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